月光蝕  

 
 
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9


「信じてないんだろ」
 ぼくは上目遣いにセンセイを見上げた。センセイは、一瞬、目を逸らしそうな素振りを見せたけれど、結局、ぼくの視線を正面から受け止めて、口の端をつりあげた。笑えば笑うほど、ウソっぽくなるのはなぜだろう。ゴム人形のように見えるのはなぜだろう。 
「……信じてるよ」
 それはウソだとぼくにはわかった。わかったから、ぼくは今までセンセイに見せたことのない強気の態度で、吐き捨てた。
「ウソだ。センセイは信じてない。みんなそうだ。みんなわかっちゃいないんだ。だって、信じたくないんだ。でなきゃ、みんな宇宙人なんだ。仲間をかばって、ぼくをだまして、ホントはみんな宇宙人なんだろう!?」
 そう決めつけながらも、ぼくの心臓はドキドキしていた。もしも本当にそうだとしたら、ぼくは今、今までで一番危険な状態に置かれている。
 たったひとつの扉は、センセイとその後ろにいるオカノサンにふさがれていて、ぼくは二人を押しのけて、すり抜けて、逃げだすことができるだろうか。ヤツらの精神電波を、撥ね付けるほどにぼくのココロの力は強いだろうか。
「ある意味では、誰だって宇宙人だよ。地球だって、宇宙の天体の一つなんだからね」
 ぼくの告発をかるく受け流すセンセイが、ぼくの疑惑を確信へと深めた。
「ごまかすなよ! ぼくの言ってるのは、地球以外の星からやって来てる地球外生命体ことだ。そんなのわかってるんだろ!」
「すまない。では、ハッキリ答えよう。私は宇宙人ではないよ。本当だ」
 だからといって、それをあっさり信じられない。ぼくにはもう。宇宙人がウソをつかないと決まったわけじゃあない。だから。
「だったら中身を見せてよ。ちゃんと中身を見せて、宇宙人じゃあないって、証明してみてよ」
 ぼくは、いつ、もうごまかしきれないと思ったセンセイ……いや、宇宙人が、ぼくに精神電波で襲いかかってくるかと、かなり緊張して身構えていた。ずっと握りしめていた拳は、じっとりと汗ばんできている。
 でも、もう後には退けなかった。ここで諦めてしまったら、ぼくはこれから先ずっと疑心暗鬼で、夜も眠れない。一日中ココロを張り詰めて、ビクビク怯えて暮らすのなんて嫌だ。
「中身……それは、レントゲン写真でも撮ればいいのかな」
「写真じゃダメだ。合成かもしれないモンな。だからぼくの目の前で証拠を見せてよ」
「目の前でと言われても。さて、どうすればいいのだろうね」
 センセイ(?)が首を傾げてぼくの顔を覗きこむ。ぼくは緊張と不安に破裂しそうになりながらも、できる限り平静さを装った。弱みを見せちゃダメだ。
「……簡単だよ。どこか切ってみればいいんだ。宇宙人には赤い血なんて流れてないからね」
 ぼくの挑むような視線にも顔色ひとつ変えることなく、センセイ(?)は意外なほどあっさり頷いた。
「ふむ。そうか、わかった。オカノサン、カッターかなにか持っているかな」
「はい、センセイ」
 ぼくとセンセイ(?)の会話をいちいち書きとめていたのだろうか。センセイ(?)に訊かれて、この部屋に入ってきてから初めて、オカノサン(?)がその手を止めて、スカートのポケットの中に、まるまるとした手を差し入れた。そして次にでてきたときには、オカノサン(?)の手は、青くて細長いカッターを握りしめていた。
 いつも持ち歩いているのだろうか。ぼくはちょっとオカノサン(?)に興味を覚えた。彼女の、普通のひとの二倍はありそうな、たっぷりとしたスカートの布地の奥には、どれだけのものが隠されているのだろう。あの青いカッターのほかにも、センセイ(?)に求められれば、スカートのポケットからどんなものでもだしてきそうだ。そういえば、オカノサン(?)は、あの猫型ロボットに少しだけ似ている。
「それを貸してくれたまえ。ああ、ありがとう。それじゃ、よく見ているんだよ」
 オカノサン(?)は、センセイ(?)にカッターを渡すとすぐ、再びボールペンを間断なく動かす作業に入った。そしてセンセイ(?)は、ぼくの前でキチキチとカッターの刃をだして、手品師みたいにぼくの目の前にちらつかせた。
 それから、左の手のひらを天井に向けて、親指の下にカッターの銀色の刃を当てる。外側から内側に向けて、引く。
 オカノサン(?)のカッターは、とてもよく切れた。



 

   
         
 
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