格子のはまった窓。
縦横に組み合わされた金属の棒は、白いペンキで塗られている。
空は白灰色の雲が多くて、晴れているのに薄暗い。
窓の反対側、ぼくの左にある壁は、ぼくから遠い場所が少し暗く凹んでいる。正面の壁は白くてなにもない。天井にも細長い蛍光灯があるだけだ。天井の色が白なら、壁や格子の色はクリーム色。宇宙人の肌の色。
強制的なノックの音がした。返事も待たず、制止も認めない、ただの合図。
ぼくがなにも答えない内に、重い扉の開く音がして、薄暗い窪みから、センセイとオカノサンが現れた。センセイは、ゴムのお面のような笑顔を張りつけている。
「気分はどうだい?」
センセイがぼくの顔を覗きこむようにして尋ねる。
ぼくは、そんなに悪い気分でもなかったので、
「うん」
とだけ答えて、頷いた。
センセイは、画用紙みたいに糊の利いたまっしろな白衣を着て、黒々とした髪を後ろに撫でつけている。細い銀縁の眼鏡をかけて、目尻には人の良さそうな笑い皺が刻まれているけれど、眉間には気難しそうな縦皺もあった。
オカノサンは、センセイよりずっと体格のいい年配の女のひとで、髪を明るい茶色に染めていたけれど、根元の方は白髪の方が多い地毛が見えてしまっている。膝より長いカーキ色のスカートをはいて、白いブラウスに若草色のカーディガンをはおっている。左手には、薄紫のクリップボードを抱えるように持って、右手の安っぽいボールペンで、入ってきたときからずっと、クリップボードに挟んだ紙になにか書きつけている。
「なにか変わったことはなかったかな?」
と、センセイの質問に、ぼくはじっと考えこんだ。センセイとオカノサンは、黙ってぼくの言葉を待っている。
ぼくはシーツに目を落とし、窓の外を見やり、正面の壁のシミを眺めて、それから口をひらいた。壁のシミは、麦藁帽子をかぶった子供の横顔に似ていた。
「宇宙人に会ったよ」
「ほう。どこで会ったんだい?」
センセイが興味深そうに細い目を輝かせた。
「ジャングルジム。それからベランダにもいた。でも、ベランダの宇宙人は、ジャングルジムの宇宙人が見せた幻覚だけどね」
「その宇宙人、どうしてそんな幻覚を見せたのかはわかるかな」
にこやかに、センセイがぼくに投げかける質問に、ぼくが答えていく。いつもとおんなじだ。ひとつひとつ、思いだしながらだから、どうしてもゆっくりした、眠そうな口調になってしまう。
「宇宙船を取り戻そうとしたんだ。ぼくがあいつらの宇宙船を隠してしまったから。月はね、あいつらの監視衛星なんだよ」
「宇宙人は、どんな姿をしてるんだい?」
「見た目は変わらないよ。でも、あいつらの中身は靴べらとパチンコ玉だ」
「どうしてそんなことがわかるのかな。彼等は、きみと同じ人間かもしれないよねぇ。外見じゃわからないのだろう?」
信じていないのだろう。試すようなセンセイの言葉に、ぼくは思わず声を張り上げた。両手でぎゅっと拳をつくる。
「ちがう! ゼッタイにちがう! あいつらは宇宙人だ。ぼくにはわかるんだ」
「なぜ、わかるんだい?」
センセイは、相変わらず薄いゴムのような笑みを張りつけたまま、首を傾げた。
ぼくは一瞬、どうすれば信じてもらえるか頭を絞り、すぐにそれは無理だと途方に暮れ、やがて説明なんて必要ないと結論した。だって、だれがなんて言ったって同じだ。だれにもわからない。みんな気付いちゃいない。でも、ぼくには、
「わかるんだよ! わかるんだ、わかるんだ、ワカルンダ!」
わかるならそれでいいじゃあないか。ぼくはそれを知っている、それだけで充分なはずだ。
「わかった。わかったよ。ほら、少し落ち着いて」
センセイがぼくをなだめようと、ぼくの握りしめた拳をそっと手のひらで叩いた。その手はやけに冷たくって、冬の夜みたいだった。
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