(罠……?)
それとも。
ぼくは制服の右ポケットを探り、宇宙船の感触を確かめた。ほんの少し、あたたかくなったような気がした。そしてこれだけの動作がやけに、ツライ。
(これのせいかもしれない……)
宇宙船には、宇宙人の精神電波を撥ねつける目には見えないバリアがあって、それがぼくをあいつの精神電波から守ってくれているのかもしれない。ぼくの体がこんなにだるいのは、バリアの微粒子がぼくのココロの力まで、遮っているから。かもしれない。
ぼくはツライ。とてもツライ。
爪の先から、冷めた血が流れでていく。手足の付け根がキシギシと軋む。
ココロの力が足りないから、とても寒い。
ぼくは次の日、学校を休んだ。母親は風邪だと思っているけれど、ぼくは、ぼくだけは本当の理由を知っている。
ぼくはベッドの中から、壁に掛かった制服を見上げた。濃紺のブレザーの右ポケット。そこに入ったもののせいだ。宇宙人の小型宇宙船。公園の砂場に埋まっていた。
こうして少し離れた場所で寝ているからか、昨日よりちょっとラクになった。たぶん、明日には学校にも行けるだろう。明日学校に行ったら、ぼくはどうしようか。あの宇宙人の正体をみんなに教えてあげようか。でも駄目だ。みんな操られているから、ぼくの言葉になんか耳を貸さないだろう。
じゃあどうする?
ぼくは、あいつと話をするべきだろうか。あいつはそれを待っているのかもしれない。
ぼくは学校に行った。でも結局、あいつを訪ねるのはやめにした。
あいつの宇宙船はぼくのポケットの中だ。それを取り戻すために、あいつはいずれぼくのところに来るだろう。こっちにあの宇宙船がある限り、宇宙人の精神電波は通じないし、向こうはぼくに手が出せないだろう。
だからぼくは、そのときがきたら、宇宙人に取引を申し出るつもりだ。
「宇宙船を返してほしかったら、ぼくらを見張るのを止めて、自分達の星に帰れ」
って、そう。思っていた。
そしてぼくは、あの日、あいつに初めて会った公園の入口に立った。 この公園を横ぎると、少しだけ近道になる。
午後三時半。いつもなら、近所の子供たちが遊んでいる時間だ。公園は子供たちの喚声で騒がしい時間。
静かだった。ひどく静かで、そこには誰もいなかった。
ぼくはちょっと立ち止まり、息を詰めた。この奇妙な静けさは普通じゃあない。
午後の陽光にピカリと光るジャングルジム。ジャングルジムの上には宇宙人が二人。
ぼくは立ち竦み、ジャングルジムを見上げた。あの夜の宇宙人が、ジャングルジムのてっぺんに腰かけ、足をブラブラさせている。ぼくの方に頭の後ろを向けて、隣りの宇宙人となにか話している。隣りに座った宇宙人は、下から見上げてもわかるくらい、ひょろりと背が高くて、立ち竦むぼくに、チラリと目を向けた。つられたようにあの宇宙人もぼくを振り返り、その口を、「あ」の形に開けた。
(ヤバい!)
咄嗟に顔を背け、目から発する精神電波を避ける。二人がかりの精神電波じゃあ、いくらココロの力を振り絞っても、ぼくは駄目かもしれない。あの宇宙人は、自分一人じゃあぼくを操れないと、仲間を呼んだのだろうか。
ぼくは右のポケットを探って、宇宙船の感触を確かめた。その、ゴムのような感触は、ぼくを少し落ち着かせてくれた。
大丈夫。ぼくはだいじょうぶ。
勇気を振り絞って、ぼくはジャングルジムを見上げた。
二人の宇宙人は、ぼくを見下ろし、背の低い方の宇宙人が、背の高い方の宇宙人になにか耳打ちしている。ぼくから宇宙船を取り戻す作戦を練っているのかもしれない。
ぼくは宇宙人を、少しこわかったけれどまっすぐに見つめ、ポケットの中で、ぎゅっと宇宙船を握りしめた。
「取引をしよう」
ぼくの言葉に、背の高い方の宇宙人は眉を吊り上げ、あの日の宇宙人は、
「ほら、ね」
と、どこか得意げに囁いた。
「お前うるせェよ、どっか行けよ」
威圧的な口調は、この取引を優位に進めようとしている証拠だ。興味のないフリをして、駆け引きはもう始まっている。ぼくは、少し探りをいれてみた。
「ぼくはそれでもいいけど、お前たちは本当にそれでいいのか?」
「いいに決まってんだろ。さっさと消えろよ」
「……ここはばくの星だ。消えるのはお前たちの方だろ」
「テメーのモンじゃねェよ!」
ドクン、と心臓が波打った。
まさか。まさか、まさか?
「ここは俺らの場所だ。邪魔してんのはテメーの方だろ?」
「そうだよ、こないだだって、あたしが待ってたのはあんたじゃないっての。なのに、ワケわかんないこと喋くって、うざいんだよ」
「なんかしんねーけど、こいつの側ウロウロしてたんだってな? テメー、ストーカーかよ。いい加減にしねェと、殺すぜ? マジで」
口々に言いたてる宇宙人たち。
ぼくは、動揺? 恐怖? 驚愕? ともかくひどいショックを受けて声を失っていた。
こいつらは……
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