それは本当に偶然だったのだろうか。
ぼくがそれに気付いたのは、偶然というより必然。運命というより、作為。たぶん、きっと、精神電波で、ぼくは無意識の内にその場所を見るように操られたに違いない。
でもそのときは、本当に偶然だと思った。
サッカーは二クラスが四チームに分かれて、交代で試合する。見学中のチームの中に、いやに白い、髪の黒い生徒。ぼくはひそかに息をのんだ。
(あいつだ!)
ジャングルジムの宇宙人。
ふと、そいつが校舎を見上げた。ぼくと確かに目が合った。
ぼくは慌てて顔を背け、広げたノートに目を落とした。
心臓が、ぼくをノックしている。まとまりのない、ごまかしだけのノートの文字が、シャーペン芯の鉛の粉が、チリチリとうかびあがって見えた。
だけどどうして、あいつがぼくの学校で、体育の授業なんて受けているのだろう。
そう思って、ぼくはすぐに気がついた。
だってヤツは帰れなかった。雨の降る夜の間に、月に帰れなかった。ヤツの小型宇宙船はぼくが掘り返して、今はぼくのポケットの中。公園の砂場には、赤いスコップの形をしたアンテナだけが転がっている。
だから。でも。
他の人達は気が付いていないのだろうか。昨日までいなかったクラスメートに、まるで気がついていないのだろうか。
ぼくはヤツに気付かれないように、そっと横目で校庭を窺った。
宇宙人は、まるで当たり前ようにそこにいる。隣の人と喋ったり、試合中の誰かに声をかけたり、ずっと前からそこにいたみたいに。
だけど、帰れなかったのは昨日。それまでは、昼間の月からぼくらを監視していた。夜の月から、地上を見下ろしていた。
宇宙人の宇宙船はぼくのポケットの中。
ぼくは、右手を制服のポケットに差し入れて、その感触を確かめた。宇宙船はちゃあんとポケットの中にあった。
それならどうしてだろう。でもぼくは……よく、わからない。
頭の中がぐるグルぐるグル。ビルの屋上から逆さに吊られているみたいな気分だ。
休み時間、ぼくは廊下を歩いた。ちょっと気を抜くと、ふらふらとよろめきそうになる。ぼくはこのまま死ぬのだろうか。宇宙人の呪い電波で死ぬのかもしれない。
だけどその前に、ぼくはどうしても確かめておきたかった。あの宇宙人が、どうしてぼくの学校にいるのかを。
それは、ぼくをおびきだす罠なのかもしれなかったけれど、ぼくは絶対に確かめなければいけないような気がしていた。
さっきまで体育の授業を受けていたのなら、 今は急き立てられるように制服に着替えているところだろう。もう終えただろうか。
ひときわざわめいている教室を探して、ぼくは二年生の教室が並ぶ廊下を歩いた。
ぼくは、着替え終わったばかりの、髪の短い女子生徒に尋ねた。身体が重くてだるい。
「あれ、だれ?」
「え?」
きょとん、とした顔でぼくを振り返り、ぼくの視線が示す先に目を遣って、ああ、と頷いた。
宇宙人は着替え終わって、トイレにでも行くところだろうか。ぼくに背中を向けて、こっちには気付いていない。遠ざかる背中から目が離せない。
「……でしょ。なんか用? 呼んできてやろっか?」
「あんなひと、今までいた?」
「えー? いたよ、なに言ってんの? あたし一年ときから同じクラスだし」
「ホントに……?」
「マジだって」
でも、それならどういうことなのだろう。
「……そう、どうも」
ぼくは呟くように礼を述べて、
「ちょっと、用事があんじゃないのー?」
ふらつく背中にかかった声は無視した。
ずっと前からここにいた? 本当に、ずっと前からいたのだとしたら、考えられる答えは三つ。
一つ。あいつは、この星に潜りこんだ宇宙人のスパイで、ずっと前から普通に生活しながら、地球人のことを探っている。
二つ。あいつは、やっぱり昨日まで月でぼくらを見張っていたのだけれど、帰れなくなったから、ぼくから宇宙船を取り戻すためにこの学校の生徒のフリをしている。ずっと前からいたと言うのは、精神電波で記憶をすり返られたからだ。
三つ。それとも、あいつはやっぱりずっと前からここにいて、宇宙人じゃあないのかも。
一番可能性が高いのは二番目。きっと、たぶん、ぜったい、あいつは周りのヤツらぜんぶ、精神電波で操っているのだ。そしてぼくが、ぼくだけがそれに気付いているのは……、
|