心臓が、耳の奥にあるみたいに、どくどくと脈打っている。頭の中はグツグツと沸騰するくらいに熱いのに、手足は感覚がないくらいに冷たい。
ぼくは息を殺し、雨に濡れて、夜よりも黒い地面を見つめた。まばたきもできない。
ふぅ、と、わざとらしい大きなため息をついて、宇宙人はぼくの前に、ぼくの隣りに、ぼくの後ろに。
そして公園から出て行った。
宇宙船はここにあるのに?
ぼくはようやく息を吐きだし、顔をしかめた。
本当にいなくなったのだろうか?
確かめるために振り返るのが少し怖い。
ぼくは勇気を振り絞って、少しずつ後ろを振り向いた。
公園の入口には、白く塗られた鉄の棒が、ホッチキスの針みたいな形で地面に突き刺さっている。ここからだと、一本につながったようにも見えるけれど、実際には三本が手前に二本、奥に一本ある。
ぼやけた街灯の明かりが、こまかく降る雨と、白い柵を浮かびあがらせていた。その周りの夜が、やけに深い。
入口のちかくは、ツツジの植込みに囲まれていて、ツツジの色は、血しぶきのようだった。
ぼくはぶるりとふるえ、自分の肩を抱いた。
雨はこまかく降り続ける。雨の音しか聞こえない。とても静か。
夜は深く。深く深くとても濃い。
宇宙人の姿はどこにもなかった。
砂場を振り返る。大きなクレーターといびつな砂山。赤いスコップに見せかけた宇宙船のアンテナ。
掘りかえしてみようか。
砂場の宇宙船を、ぼくが掘って見つけてどこか別の場所に隠したら、あの宇宙人はどうするだろう。雨がやんで、明日月が昇っても、帰れない宇宙人はどうするのだろう。
砂場の灰色の砂は、雨を含んで、黒っぽい泥のようだ。底のない沼のようだ。
次の日の朝は、ひどくよく晴れていた。
とてもいい天気だ。世界がジリジリととろけだしそうでいい天気。
昨日まで、今日の明け方まで雨を降らせていた雲は、はるか北西の空の彼方に去っていくところだった。
ぼくは結局、三時過ぎぐらいに家に帰り、泥だらけのまま眠った。朝は七時に起きた。寝不足のせいか、頭が重い。雨に打たれ過ぎたのか、関節が痛い。
それでも、いつもと同じに起きて、泥を落とすためにシャワーを浴びて、いつもと同じに学校に行った。家を出るとき、
「風邪ひいたんじゃないの? 熱があるんじゃない?」
と、母親がぼくの顔を覗きこんだ。
熱なんてない。風邪なんてひいてない。
ぼくの体調が悪そうに見えるのは、昨日の夜のせいだ。あの宇宙人の精神電波にやられてしまわないように、ぼくのココロの力を出しきってしまったからだ。
どこかで補充しないと、ぼくが壊れてしまうから、いけない。
ゆっくり、ゆっくり呼吸する。腹式呼吸で息をする。
一時限目、二時限目と過ぎていく。ぼくの力は衰え続けている。あの宇宙人に、時間が経つにつれて力が抜けでるような光線をあびせられたのかもしれない。ぼくが背中を見せたあの時かもしれない。
そしてこれは報復だろうか。ぼくのせいで月に帰れない宇宙人の復讐かもしれない。
頭の中がぐるぐるして、気持ちいいような気持ち悪いような気分。おまけに、ぼくの席は窓際で、白いスコールのような日差しにめまいがしそうだ。
ぼくは目を細めて、蜃気楼のような校庭を少し眺めた。
右端の砂場で幅跳びをしているのは一年だろう。真ん中でサッカーの試合をしているのは二年の女子。男子はきっと体育館なのだろう。
空は真っ青だ。
こまかい砂のように白い太陽の光のせいで、二階から眺める校庭は、ひどく遠い国の景色みたいだった。
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