「なんか用?」
ぼくは拳を握り締め、口を噤んでいた。顔も上げない。首の後ろを濡らす雨が、少し気持ち悪かった。背中や腕に張りつくパジャマの感触は、しっとりした肌の爬虫類がへばりついているようだ。
「用がないなら、もう少し遠くに行くとか、せめてヒトのこと、ジロジロ見ないでくれる?」
「……人間じゃないクセに」
「え? なに?」
ぼそりと小声で呟いたぼくに、その宇宙人はイライラした口調で聞き返した。やっぱりそうだ。早く宇宙船に戻りたくて、相当苛ついているみたいだ。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれる?」
「人間のフリしたって、ぼくは騙されないからな!」
ぼくは思いきって吐き捨てた。でも、ヤツの顔は見ない。砂場の赤いアンテナを睨みつけた。
「なに、それ。あんた大丈夫?」
白々しい呆れ声。でも、内心ドキッとしているのはわかる。少し声が上ずっていたからだ。
「ぼくがいるから困っているんだろ。宇宙船に戻れないから」
一度喋りだしたら、止まらなくなった。これ以上喋ったら、ぼくは殺されてしまうかもしれなかった。ムリヤリ精神電波で操られて、ヤツラの手先にされてしまうかもしれない。ぼくの中身を全部抜き取られて、代わりに黄緑の靴べらとパチンコ玉を詰めこまれてしまうかもしれなかった。
でも、すぐ近くにいる宇宙人に、地球人はみんながみんな、お前達に騙されているワケじゃあないってことを、思い知らせてやりたかった。お前達の正体に気付いている人間も、ちゃあんといるんだってことを、教えてやりたかった。
「お前が宇宙人だってことはわかってるんだ。お前達がぼくを監視してるってことも知ってるんだぞ。今日は雨が降ってるから、地球に降りてきたんだろ。いつもは月にいるんだもんな。それが、お前の宇宙船のアンテナだってこともぼくは知ってるんだ。うまく隠したつもりだろうけど、ぼくの目はごまかせないんだ」
ぼくは、砂場に向かって一気にまくしたてた。
宇宙人が、ジャングルジムの上で動揺しているのがわかった。ぼくに正体をみやぶられたショックたじろいでいるのだろう。
そしてぼくは、ちょっとだけ、宇宙人を見上げた。
宇宙人は、なにか嫌なものを見るような目でぼくを見ていた。
危ない!
ぼくは慌てて目を逸らした。あとちょっと見つめられていたら、ぼくは操られてしまうところだった。
「なんだよ、電波かよ」
宇宙人の呟きが聞こえた。 電波を発してぼくを操ろうとしてるのはそっちのクセに!
思わずそう怒鳴りつけそうになったぼくは、 宇宙人がジャングルジムのてっぺんから、やけに馴れた動作で降り始めた様子に、咄嗟に口を噤んだ。
雨に濡れた金属の棒に、その手足はピッタリ吸いついている。人間なら、もう少し慎重に降りてくるだろうし、ちょっとは雨に滑りそうなものだ。
思わずじっくりと観察していたぼくは、宇宙人がジャングルジムから降りたって、ハッと気がついた。
近づかれたら、危険だ!
慌てて飛び退く。濡れた公園の土が、ぼくの足を捉えた。
ずるりと滑って、ぼくは尻餅をついた。べしゃりと嫌な音がした。
「あ、大丈夫?」
宇宙人がびっくりしたように、ぼくに一瞬、手を差し伸べる。
「触るなっ」
ぼくは片手で空を薙ぎ、急いで立ちあがった。素早く二、三歩後退る。
「なに、それ」
宇宙人がちょっと不満そうに呟いている。
ぼくはようやくわかった。今、ぼくを滑らせたのは、宇宙人の策略だ。
たぶん、あの赤いアンテナからは見えない電波が出ていて、ぼくの足元の土を滑りやすく変容させたのだろう。そして、ぼくが転んでいる隙に、あいつがぼくを捕まえて、精神電波で操って、ぼくの中身を抜き取るつもりだったに決まっている!
危ないところだった。だからあいつは、作戦が失敗して、不満そうな声をもらしてしまったのだろう。
と、宇宙人がぼくに近づく。
逃げなきゃ!
そう思ったのに、体が痺れたように動かない。ぼくは顔と体をこわばらせて、宇宙人が近づくのを待つしかできなかった。
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