今日は、いい天気だ。
音もなく、こまかい雨が降っている。世界が静かに死に絶えていくみたいで、いい天気だ。
黒い空を見上げる。
暗灰色の厚い雲に覆われて、月齢十三の月は、見えない。
月は宇宙人の宇宙船で、晴れた日には、下界をじっと見張っているのだけれど、雨の日には、地球の軌道を離れて、宇宙空間にいるまっくろな母船で、エネルギーの補充をしている。
だから、あの雲の彼方には、本当は月なんてない。
晴れた日は宇宙船の中にいる宇宙人が、雨の日にはこっそり地上に降りてきて、ぼくんちの近所をうろつきまわっているのはわかっている。たぶん、今日も、今頃、きっと。
ぼくはパジャマを着たまま、裸足にスニーカーを履いて、宇宙人を探しに出かけた。
宇宙人を見分けるのは、難しい。ヤツラは、人間によく似ているからだ。似ているのは見た目だけで、その中身は、黄緑の靴べらと銀色のパチンコ玉だ。靴べらはヤツラの骨格で、その隙間には、きらきら光るパチンコ玉がぎっちりと詰まっている。
ヤツラを見つけたら、ナイフで皮を切り開けばいい。首を落とすのは大変だから、手首を切り落とすのでもいい。
そうしたら、開いた傷口から、ぼろぼろとパチンコ玉がこぼれ落ち、道を転がってピカリと銀色に輝くだろう。
パチンコ店は宇宙人の前哨基地だ。なにも知らずに入ってくる人間達を捕まえて、中身をごっそり入れ替えて、自分達の仲間にしている。一日中、ただ銀色の玉を弾いているだけのあいつらは、確かに普通じゃあない。ヤツラは宇宙人だ。
夜の公園で、一人、ジャングルジムにのぼっているのは宇宙人だ。
遠く、はるかな母船、故郷の星を想って、雨の舞い落ちる暗い空を見上げている。
宇宙人は、ジャングルジムのすぐ下にある砂場の、石でできた囲いの前で立ち止まったぼくを見つけると、少し驚いて、それから気まずそうに目を逸らした。正体を悟られまいとしているんだろうけど、ぼくの目はごまかせない。
砂場には、ぽっこりとクレーターのような大きな穴があった。その近くには、いびつな砂山があった。砂山に突き刺さった赤い棒のようなものは、子供用スコップに見せかけたアンテナだ。
きっと、この砂場の中に、ジャングルジムの宇宙人の、小型宇宙船が隠されているに違いない。でも、ぼくがいるから、戻りたくても戻れないだろう。
ぼくは黙ってその場に立ち尽くしていた。
ここでばくが背中を向けたなら、あいつは宇宙船に駆けこんで、また空に昇る。そして月で、ぼくらを覗き見る。
でも、ぼくがずっとここにいれば、戻ることができなくて、きっと困るだろう。自分よりエライ宇宙人の仲間に怒られるかもしれない。
朝になれば、近所の子供達がやって来て、砂場の中の小さな宇宙船は見つかってしまう。
だからあいつは、今すごく焦っている。その証拠に、空や公園を眺めるフリをして、時々ぼくを横目でチラリと盗み見る。
目を合わせたら、目から目に伝わる精神電波で、ぼくは記憶を奪われてしまうから、ぼくはなんとか目を合わせないようにして、こっそり観察を続けた。
宇宙人は白い服を着ていた。ヤツラは大抵、白い服を着ている。
特に整っても崩れてもいない、どこにでもありそうな顔立ち。だけど肌の色は、暗い夜の色にも負けない白で、その白さもそいつが宇宙人だって証拠だ。あれは、銀色のパチンコ玉から溢れるキラキラした輝きで、白く見えているからだ。
雨に濡れた髪は、ちょっとウソみたいに黒かった。外国人が日本人の格好をしようとして、変なカツラをかぶって、着物を着馴れない様子で身につけているみたいな印象がある。なんだか、誇張しすぎて不自然になっている感じだ。
宇宙人は、ジャングルジムの上から、何度かぼくの様子を窺い、何度か目に、はっきりとぼくに顔を向けた。
じぃっと見られているのがわかる。いつまでもぼくが立ち去らないから、とうとう我慢できずに、精神電波でぼくを操ろうとしているのだろう。
ぼくは俯いて、白いスニーカーの汚れたつま先を見つめていた。雨がつま先からしみこんで、白いスニーカーを灰色にした。
顔を上げるわけにはいかない。目を合わせちゃ駄目だ。
「……ねぇ」
突然、宇宙人が声を……音声を発し、ぼくはビクッと肩がふるえるのがわかった。
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