「だが、えみち自体がまだかなり珍しいようだし、このタイミングだ。本物の可能性も充分あると思う」
瑪瑙はもう一度印に触れて、えみちの映像を消しながら言った。
「じゃあ?」
「とりあえず、このオークションに参加するつもりだ。ワイズにはもう連絡してある」
「翡翠はどうなってんだよ」
えみちがここでオークションにかけられるなら、翡翠だっていてもいいはず。
「翡翠は、こんなカタログには掲載されないだろうね。そうだろ? アル」
「そうだね。人身売買となると、さすがに堂々とカタログには載せられないからね」
「じゃあ、どうやって見つけりゃいいんだよ」
「話によると、闇オークションの更に裏があるみたいだね。強力なコネと莫大な金を持ってる、超VIPだけが招待されるんだってさ」
「そんなの、コネも金もねェのに、どうすんだよ」
「ただ、たまに、通常の闇オークションの参加者で、主催者側の目に留まった客が、声をかけられることもあるらしいけど?」
「目に留まるってどうやって」
「そりゃ、いい金づるになりそうだって思われればいいんじゃない?」
「んなこと言ったって……」
カルい口調でアドバイスされたが、そう思われるには、なにをどうすればいいのかわからない。まるで見当がつかずに首を捻る青に、碧玉が自信ありげに言った。
「それは、大丈夫です」
「大丈夫?」
「だって、ほんとにいい「金づる」になれますから。えみちは、どれだけ高値がついたって絶対落札するし、必要なら他の商品だってたくさん落札します。そしたらきっと、お金が余ってて、いくらでも遣うようなバカな客だって思ってもらえますよね?」
「そんなん、幾らかかると思ってんだ? 大体、えみちだって幾らで……」
と、改めてエスティメートを確認して、青は驚愕の声をあげた。
「三千三百万フラッシュぅぅ!?」
フラッシュは銀河共通の通貨単位で、青の年収が大体四百万フラッシュだ。えみちの価値がおよそ八年分の稼ぎに値すると知って、青は一瞬気が遠くなり、やがてちょっと怒りを覚え、最後には虚しくため息をついた。
「マジかよ」
そして、それ以上の値段になっても、絶対落札できると言う碧玉のことを考えると、つくづく、
(世の中って、不公平だよな)
と思わずにいられなかった。
「だから絶対、いい「金づる」だって思ってもらえると思うんです。そしたらきっと、声をかけてもらえますよね」
そうでしょ? と碧玉は首を傾げてアルに同意を求めた。アルはネックウォーマーに埋もれるようにして、かすかに頷いた。
「保証はないけど、たぶんね。それができるなら」
「けど、本当にそんなに金かけていいのか? 後で払えないとなったら、ヤバいんじゃねェか?」
青の懸念を、碧玉はきっぱりと退けた。
「大丈夫です。兄様を取り戻すためなら、幾らかかってもいいって言われてますから」
「幾らかかってもいいったってなぁ」
青はまだ少し不安だった。それに不満だった。
元々、翡翠もえみちも勝手に売られていいはずがないのに。そんな大金かけて買い戻すなんてこと、あの海賊やオークションを主催する組織が丸儲けするだけだ。
それがわかっているのに、こんな方法しか取れないのだろうか。
青が割り切れない思いを抱えて黙り込んでいると、アルが、
「じゃあ、用事も済んだし、俺はそろそろ行くよ。たまには連絡してよ」
瑪瑙に向かってそう言い残し、挨拶もそこそこに、席を後にした。
「なんだ? なんか慌ててなかったか?」
訝る青に、瑪瑙はぬるくなったコーヒー啜りながら、どうでもよさそうに言った。
「あいつもあれで、忙しいみたいだからな」
「ふうん」
足早に出て行くアルの背中を目で追った青は、アルと入れ違いに、今日も白いコート姿で、正に白熊のようなワイズが入ってくるのを見つけた。
「おはようございます、皆さん」
温厚そうな口調で、ワイズは全員に笑顔をを向けた。
「おはよ」
「おはようございます」
「おはよう。それで?」
コーヒーを置き、瑪瑙がすぐに促した。
こんなに話を急がせる瑪瑙は珍しく、青は、平気そうな顔してて、こいつも結構焦ってんのかもな、と思った。
ワイズは、つぶらな目に深刻な光を宿し、重々しく頷いた。
「手配は、しました。ご指示のあったように、ディーティラウヌの名前を使わせていただきましたが……」
「それでいい」
瑪瑙が頷き、青は首を傾げた。
「ディーティラウヌ? だれが」
「私です」
碧玉が、二コリと笑って自分の胸を指した。
「え? フォーリッジ、だろ?」
フォーリッジもディーティラウヌも古くからあるハイファミリーの名前だ。格式からいえば、ディーティラウヌの方が上だろうか。ハイファミリー企業として成功しているのは、断然、フォーリッジの方だが。
いずれも、青にとっては、名前ぐらいは聞いたことがある。といったレベルの、まったく別世界の存在だ。
碧玉は、自分の胸を指差したまま言った。
「母がディーティラウヌの出身なんです。今回は母方の姓を使わせてもらおうと思って」
「なんで?」
「バカだね、お前は」
「誰がバカだ」
「タマが」
青の顔を覗きこむようにして、瑪瑙がキッパリと言った。
「タマじゃねェ」
「翡翠と同じ名字で参加するわけにはいかないだろ。向こうには、翡翠の素性はバレてるんだから。翡翠が出品されるかもしれない裏になんて、ご招待してもらえるわけないだろ」
「う、そりゃ、まあ」
確かに、その通りだと思った。
思ったが、なぜ、それを自分一人に内緒にしていたのか。自分は同じチームじゃないのか。翡翠とえみちのことを心配しているのは、同じなはずなのに。
別の不満で、青は眉間に皺を寄せた。もしかしたら、ちょっと拗ねた顔をしてしまったのかもしれない。
瑪瑙が、目を細めて笑った。
「退けものにされたって思ってるのか? 勝手に話を進められててショックだって?」
「べ、別に。そんなんじゃねェよ」
図星だったが、それを認めるのは悔しい。
と、碧玉が、ハッと目を見開き、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「あ、ごめんなさい。青さん抜きに話をしてしまって。昨日は、怪我をなさってたし、お疲れだと思ったもので」
「え、いや、別に。いいよ、気にしてねェって。ちょっと、ビックリしただけだから」
青は慌てて首を振った。瑪瑙が相手なら、もっと怒りや不満をぶつけていたかもしれないが、自分の妹と面影の重なる碧玉には、あまり強くでることができない。
「やさしいねぇ」
瑪瑙の妙に甘ったるい言い方に、カチンときた。
「別に、やさしいとかそんなんじゃねェよ」
「やっぱりあれか、好みのタイプには甘いか」
「なんだよ、それっ」
かねてから、自分より小さい娘がタイプだと言ってはいたが、碧玉を異性として見ていたわけじゃない。小さいといっても、年齢ではなく身長がというだけだ。妹のようだとひそかに思っている碧玉に、変な目で見られるのは嫌だった。
「照れなくてもいいじゃないか」
「アホか、てめェ。そんなんじゃねェよ。大体なぁ、俺は、お前以外の奴にはやさしいんだよ」
「私以外? そんなに私を特別視してたなんて、照れるな」
まったく照れた様子もなく、平気な顔で瑪瑙が言った。青は、
ダメだ、こいつは……
と、深いため息をついた。
瑪瑙に口で勝つのは、至難の業だ。特に今は、翡翠やえみちではなく、碧玉とワイズが傍にいる。全然、本調子がでそうにない。
本調子だったら勝てるのかどうかはさておき、青は、不毛な言い争いはやめにして、その日の午後のオークションをどうするのかを、話し合うことにした。
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