ひよこマーク  
 

その3
 
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 それから四人は、宙港に<琥珀>を残し、ワイズが乗ってきたという四人乗りのスノーモービルに乗り込み、ルパの第二都市、フロストに向かった。  
 ドーム状の防風ガラスのある黄色いスノーモービルに青は興味津々で、乗る前も乗ってからもあちこち見回して、あろうことか、よりもよって、瑪瑙なんかに大人しくしてろと注意され、ちょっとヘコんだ。  
 瑪瑙に注意されてヘコんだ青は、早い者勝ちで獲得した助手席から流れる雪景色と近づく都市を黙って眺めた。  
 フロストは、半球状のドームを三つ重ねたような形をしていた。
 三つの半球は、それぞれ大きさが大中小と、大きいものから小さいものへ下から順に続いている。一番大きい半球のてっぺんから真ん中の半球の底、真ん中の半球のてっぺんから一番小さい半球の底は柱によって繋がれ、それは三つが串刺しになっているように見えた。半球の周囲にはぐるりと窓のような円が一列均等に並び、白い半球に鮮やかな青の模様を描いていた。  
 左右にある案内灯の灯が白一色の道なき道を照らしている。灯は、フロストの庇のあるゲートのすぐ傍まで続いていた。  ゲートが近づくと、スノーモービルはゆるやかに減速した。  
 様々な色合いの青で塗られた∩型のゲートまでくると、スノーモービルは減速しながらも、そのまま止まることはなかった。
 通り過ぎる瞬間、青い光がスノーモービル全体を撫で、その一瞬で訪問者の身分をスキャンしていくのを、青はちょっと息を詰めて待った。光によるスキャンなら珍しいものじゃないし、今までだって数え切れないほど体験している。
 だが、ここに翡翠とえみちがいるかもしれない、一人と一匹を連れ去った奴らもいるかもしれない、すんなりとは取り戻せないかもしれない、厄介なことになるかもしれない。
 そんなことを思うと、いつもは無意識にやり過ごすスキャンすら緊張を覚えた。  
 フロストの半球の中は、中央を外からも見えた白い巨大な柱が貫き、床面からは、茨のように無数のビルが乱立していた。内壁には螺旋状に通路が走り、大きな丸窓からは青みがかった外の景色が見えた。  
 ワイズの働く営業所は、ゲートに程近い十階建てのビルで、外壁が淡いひよこイエローに塗られていた。ビルの半分が荷物の集積所、あとの半分には事務所や会議室、リフレッシュスペースなどが入っている。  
 青たちが通されたのは、七階の応接室の一つだった。楕円形のテーブルを挟んで、肘掛椅子が手前と奥に三脚ずつ並んでいる。 壁には大きなスクリーンが埋め込まれ、どこかの森と泉の景気が映しだされていた。
「どうぞ」
 ワイズは三人に座るように促すと、コートを脱いで入口側の真ん中の椅子に腰をおろした。
 ファーに縁取られたフードを取り去り、かなり短い薄茶の髪をした濃紺の制服姿になると、今度は白熊というより、いかつい兵士のようだった。それでも、ちょっと下がった太い眉と小さな茶色の目が、怖いという印象を与えずにいる。
 青たちも同じようにコートを脱ぐとそれぞれの背もたれにかけ、真ん中に瑪瑙、その左右に青と碧玉が座った。
 碧玉の制服は、青と同じ黄色の通称ひよこ服だった。ただ青と違うのは、下に穿いているのが、膝上のプリーツスカートだということだ。
 いつもなら、ここで真ん中に座るのは青なのだが、今日は瑪瑙が、当たり前のように先にそこに座っていた。仕事をしないで任せっきりにされていた時はそれが不満だったが、こうして主導権を握られてみると、それもなんだか複雑な気分だ。
 と、全員が席に着いてすぐ、濃紺の制服を着た二十歳そこそこの若い男がドアを開けて現れ、それぞれの前に湯気のあがる紅茶のカップを置いた。そして最後に、ワイズにA5サイズのオレンジ色のクリアケースを渡すと、すぐに出て行った。
 ワイズは、男から受け取ったクリアケースの中から三枚の黒いカードを取りだすと、瑪瑙の前のテーブルに、それを重ねて置いた。
「地下街への許可証です」
 それだけ言えば充分だろうとでも言うように、ワイズはカードから手を離し、身を引いた。
「地下街? 許可証?」
 なんのことかわからない青は、眉をひそめ、瑪瑙の向こうに座る碧玉と顔を見合わせた。碧玉も、よくわからないとかすかに首を傾げた。
 瑪瑙はテーブルの上のカードを手に取り、一見なにも書かれていない真っ黒なカードを眺め、ワイズに問う。
「これは本物?」
「本物です」
「時間もなかったのによく手に入ったね」
「使えるだけのコネを使いましたので」
「なるほどね」
「お、おい、それなんなんだよ。地下街とか許可証ってなんの話だ? そんな話、聞いてねェぞ」
 ここへ来たのは、翡翠やえみちが売られそうなオークション会場があるからだと聞いていた。
 あの海賊達が、翡翠の実家に身代金を要求する様子は今のところなく、誘拐犯として交渉してくるより、海賊的に売り飛ばすつもりなら、その場所は限られているはずだった。えみちはまだしも、翡翠が商品として出されるのは立派な人身売買で、違法だ。だから特殊な場所、特殊なオークションに的を絞って探すことにしたのだが、この街に地下街があって、そこに入るのに許可証が必要だなんてことまでは聞いていなかった。人身売買をするようなオークションなら、それはいわゆる闇オークションで、公にはなっていないだろうが、真っ黒な許可証の存在は、思っていた以上に不吉に見えた。
 瑪瑙はチラっと青に視線を落とすと、薄く微笑んでみせた。
「ここに闇オークション会場があるって話はしたね?」
「あ、ああ、そりゃ聞いたけど、許可証とかってのは聞いてねェぞ」
「このフロストには、実は第一階層と同じだけの広さの地下階層があるんだよ。けど、それは公然の秘密ってことになってる。その存在を知っていても、堂々と口にだしたり、おおっぴらに出入りできないようになってるんだ。地下街への入口はたった一つで、そこを通るには特別な許可証が必要なんだよ」
「そんなでかいスペース、秘密にもなにもできねェだろ? 一つだけの入口だって管理とかどうなってんだよ。そんなん無視して別の入口とか作ろうとする奴だっているんじゃねェのか?」
「そんな無謀な奴はまずいないだろうね」
「なんで」
「地下街を管理してるのはあるファミリーなんだ」
「ファミリー? 翡翠んとこみたいなハイファミリーってやつ?」
「そっちならまだマシかもな。ハイじゃない、ただのファミリーだよ。マルケスファミリーって名乗ってる」
「ただのファミリー?」
 単なる普通の一家がそんな大きな場所と秘密を守れるなんてことがあるだろうか。よほどの資産家とか? 首を捻る青に代わって、碧玉がハッと目を見開き、おずおずと口を開いた。
「あの、もしかしてそれ、組織ってことですか?」
「組織?」
 訝しげに問い返し、途端に思い当たった。組織、ファミリー、一家、そんなふうに呼ばれる存在を知っている。
「マフィアか!」
「呼び方なんてどうでもいい。要は金と暴力で渡り歩く連中だよ。ナワバリ意識が強いから、自分達のナワバリや資金源を脅かす奴らには容赦しない。ここの地下街がファミリーのナワバリで、その上重要な資金源になってるってことは、連中のルールに従わざるを得ないってことだよ」
「それで、そいつらに翡翠とえみちが捕まってるってのか!?」
 海賊相手だって最悪だと思ったのに、これはもっと悪い。海賊の方が組織立った連携がない分、まだマシだったかもしれない。
 思わず身を乗りだした青に、瑪瑙は少し肩を竦めた。
「それはまだわからない。ただ、地下のオークションは完全にファミリー主導で、出品者は表に出てこない。例え仲介手数料を何割か取られたとしても、表に出てこれない犯罪者とか海賊、とかが、よく盗品や略奪品を出品しているらしい。可能性は、あると思うね」
「あの海賊共もここにいると思うか?」
 もし今度会ったら、せめて一発くらいぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。
「オークションの様子をアブセントピットで見物してるかもしれないね。けど、商品だけ預けて既にいないかもしれない。あいつらの目的はそもそも別にあったようだから、ここでのんびりしているとは思えないけどね」
「そっか……」
 青はそれを聞いて、残念そうに呟いた。
 「アブセントピット」というのがなんなのかわからないが、知りたいのは、いるかいないかだけだったから、聞き流した。
「とにかく、このパスで下りて少し情報収集をしておいた方がいいな。闇雲に探し回っても得るものは少ないと思うしね」
 瑪瑙のセリフに、青は思わずぎょっとして目を見張った。
「これからすぐにか?」
「早い方がいいだろ?」
「も、もちろんっ」
 本当は、そこがファミリーのナワバリだと聞かされて、ちょっとびびっていた。心の準備は、正直言ってまだできていない。
 だが、ここで怖気づいてたら、翡翠もえみちも取り戻せない。
 絶対。なにがあっても絶対、一人と一匹を取り返すと誓った。
 だから青は、殊更に力強く頷いてみせた。瑪瑙はそんな想いを見透かしたようにかすかに笑った。
「自分もお供しますか?」
 と、それまで黙って聞いていたワイズが、真剣な顔で尋ねた。
 瑪瑙はちょっと考えこみ、結局、首を振った。
「いや、今日のところは我々だけで行くよ。本格的にオークション会場に乗り込むわけじゃないしね」
「そうですか。じゃ、ホテルの住所を渡しときます。遅くなるようなら直接ホテルに行ってください。チェックインは、しときますんで」
 ワイズは先ほどのクリアケースの中から、今度は黄色いメモ帳を取り出し、瑪瑙に差しだした。
 瑪瑙は、会社のロゴマーク<ひよこちゃん>が右下に印刷されたメモを受け取り、ありがとう、と言った。
「たぶん、少し遅くなると思う。また明日の朝にでも連絡するよ」
「わかりました。気をつけて」
 それは形だけでなく、本当に心のこもった口調だった。瑪瑙はちょっと微笑み、立ち上がってコートに手をかけた。
「ありがとう、気をつけるよ。タマ、碧玉、行こう」
「タマ言うなっつーの」
 ぶつくさ言いながら立ち上がり、青はワイズにぺこりと頭を下げた。
 碧玉は、一旦アレクサンダーを椅子に置いてからコートを身につけ、再びアレクサンダーを両手で抱えあげてから、改めてワイズに微笑んだ。
「ワイズさん、色々ありがとう。またね」
 そう言ってアレクサンダーの右手を取り、ヒラヒラと振る。ワイズはそれを小さな目を細めて見やり、碧玉とアレクサンダーの両方に手を振った。
「はい、また明日」






 
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