ひよこマーク  
 

その3
 
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  黄色い卵型の貨物船〈琥珀〉のタラップの一番上で、青は斬りつけるような冷気に、ブルッと身を震わせた。
 目の前は一面の雪景色。  
 彼方に連なる山脈も、そこから伸びたなだらかな丘も、目の前の平原も、全てが白と青に彩られている。宇宙港に停泊中の多種多様で色とりどりの船さえも、少し前まで降っていた雪に殆どが白く覆われていた。
 その中で、雪がやんだ後に到着したわずかな船と、白く霞む雪の中で道を示す、蝋燭のような形の案内灯の山吹色の灯りだけが、白の世界に彩りを加えている。  
 青は会社支給の白いフード付きコートの襟元を掻き合わせ、もう一度小さく身震いすると、意を決したようにタラップを降りていった。そのすぐ後から、やはり白いコート姿の瑪瑙が続く。
 瑪瑙のコートは、フードの縁と袖口、裾と、ファーがあしらわれた場所やポケットの位置は青のものと同じだったが、青のコートがAラインタイプなのに対し、ストレートのシルエットで、ずっとスッキリして見えた。会社支給のものは、制服もコートも十八歳未満と以上でデザインが変えられていて、青は自分のコートの形は、余計に子供っぽく、小さく見えるようで、ちょっと嫌だな、と思っていた。  
 そして青が、頻繁な除雪のおかげでうっすらとしか積もっていない宙港敷地内の舗装路に降り立った時、瑪瑙の後からもう一つ、小さな人影が<琥珀>の中から現れた。  
 青と同じタイプのコートに身を包んだその人物は、肩先に触れるくらいのゆるやかなウエーブがかった金の髪と、少し灰味を帯びた緑の瞳をした、目尻の少し下がった愛らしい顔立ちの少女だった。
 歳は十三。特別に(十中八九、社長の趣味で……と言っても、ロリコンだからというわけではない)許可された最年少社員だった。
 両腕に、手足が妙に長い真っ赤なクマのぬいぐるみを抱えたその少女の名前は、碧玉。 一億三千万のたまぴよファンの皆様(いません)ならすぐにわかるように、彼女もまた、社長の命名癖によって名前を変えられた一人だ。 
 本名はクリスティーナ・A・フォーリッジ、本名がムスタファ・S・フォーリッジである翡翠の実の妹だった。  
 彼女は、一家を代表して兄の捜索隊に加わることを望んだのだという。再びリーパー船に収容されて別の星系まで行くことにした時、社長秘書の真珠がそれを映話で伝えてきて、青は、
「子守なんてやってる場合じゃねーよ」
 それを嫌がり、断ろうとしたが、
『歳は若いですけど、しっかりしてるから大丈夫ですよ』
 真珠は笑って聞き入れてくれなかった。既にその時には、碧玉を収容するために、リーパー船は一旦太陽系に戻ってきていたし、青の反論や願いを聞くつもりなんて最初からなかったのだろう。
 そして碧玉と初めて会った青は、 自分より小さくて、金髪で、末っ子。という、故郷にいる自分の妹との共通点を見出し、碧玉に「足手まといだから帰れ」だとか「邪魔すんな」だとかは言えなくなった。
 何故か、一番下の妹にだけは昔から弱い青だった。
 ちなみに、クマの名前はアレクサンダー・フレドリク・G・ベア。肌身離さず連れ歩いているこのクマは、仕事中でも傍に置いておくことを特別に許可してもらっていると聞かされた時、青は最初、上層部の常識を疑い、すぐに、そもそも常識なんて通用するような奴らじゃなかったと思い直した。
 こんな非常事態に、ぬいぐるみなんか持ち歩くなー! という青の苛立ちは、許可をもらっているという説明と、自分の一番下の妹と印象がかぶる碧玉の機嫌を損ねたくない、という想いで捨て去ることにはしたが、タラップを降りてくるその姿に、
(緊張感がねェ)
 と思うことまでは止められなかった。  
「迎えが来るんだよな?」  
 タラップを降りて右隣に立った瑪瑙を仰ぎ見るようにして青が尋ねると、瑪瑙は寒さに顔をしかめながら頷いた。  
「そのはずだよ」  
 応援を考えていると言った真珠に、希望はあるかと聞かれた瑪瑙は、同行者より別働隊として可能性のある他の場所を同時に捜索してくれる者達が欲しいと言った。そして、翡翠とえみちが連れ去られたんじゃないかと当たりをつけた幾つかの場所に会社の営業所があるのなら、そこのスタッフを協力者として貸して欲しいと言った。  
 瑪瑙に言われて真珠が選んだ別働隊は、既に別の星系で捜索を開始している頃で、この雪に覆われた星、プロキオン星系のルパでは、現地スタッフが一人、宙港まで迎えに来ることになっていた。  
 ルパは、プロキオンαとβの連星を巡る惑星の一つで、熱く眩しい恒星の光と熱を遮るために、テラフォーミングによって空を厚い雪雲で覆われることになった。プロキオン系の惑星の中には、ルパとは反対に、灼熱の乾いた大地と視力を焼き切るほどの光をそのままに、光と熱を遮断する半地下都市に人々が暮らす星、アッカもある。そこでは、外を歩く時には必ず特製のゴーグルと遮光耐熱性の白いローブの着用が義務づけられているという。そしてこのアッカが瑪瑙の出身惑星であるということを、青はプロキオン星系に来ると決まってから、初めて聞いた。  
「里帰りしなくていいのか?」  
 と聞く青に、瑪瑙は素っ気なく、  
「そんな場合じゃないだろ」  
 と答えた。  
 確かにその通りなのだが、なんとなく、あまり帰りたくなさそうな様子だった。ついこの間、ムリヤリ里帰りさせられた青としては、ここはしつこく帰った方がいいと押してみたかったが、とりあえず、翡翠とえみちのことが片付かない内は、瑪瑙に復讐している場合じゃない。
「あ、あれがそうじゃないですか?」  
 下まで降りてしまうと辺りが見渡せないと思った碧玉は、タラップの半ばで立ち止まったまま、それらしき人物を探していたが、自分たちとよく似たデザインの白いコート姿が近づいてくるのを見て、声をあげた。  
 碧玉の指差す方角に目をやった青は、一瞬、巨大な白熊が歩いてきたのかと思った。フードをかぶり、顔の周りをモコモコの乳白色のファーで覆っているから、余計にそう見えたのかもしれない。とにかく、ごつかった。  
 遠目でも、近づいてもやっぱりごつい白熊みたいな男は、意外につぶらなかわいい目をしているのが見て取れる位置まで近づくと、朴訥とした低い声をかけてきた。  
「瑪瑙チームの人たち、ですよね?」  
 【瑪瑙チーム】と、まるで瑪瑙が中心で、リーダーシップを発揮しているかのように呼ばれることに激しい抵抗を覚えた青は、咄嗟に返事をすることができなかった。その隙に、瑪瑙は頷き、さっさと自己紹介を済ませた。  
「そうです。私が瑪瑙、隣りが青玉、後ろにいるのが碧玉です。現地スタッフの方ですか?」  
 これじゃほんとに瑪瑙中心の【瑪瑙チーム】みたいじゃないか。  
 実際、瑪瑙がチームリーダーということになっているから、これでいいのかもしれない。だが、いつもはまっっったくなんにもしないで、自分の方が何倍も、何十倍も働かされている! と思っている青としては、ものすごく不本意な気持ちでいっぱいだった。  
 それでも、こんな時にまで「タマ」と紹介されなくてよかった、その分はまだマシかも、とホッとしている自分がいるのも事実で、そんな本来なら当たり前のことにさえ安堵してしまうのがちょっと悲しかった。  
「ワイズです」  
「よろしく、ワイズさん」  
 瑪瑙が滅多に見せない微笑を浮かべて(どうせ今だけの愛想笑いだ! と青は思った)ワイズと名乗った白熊のような男と握手を交わし、青はこのまま瑪瑙にイニシアチブを握られっぱなしなのは嫌だと、急いで自分も手を差しだした。  
「よろしく。青って呼んでくださいっ」   
 瞬間、瑪瑙がなにか言いたげな顔をしたが、余計なこと言うなよ、と横目で睨むと、白々しく青に笑いかけた。青は更に強い目で睨み、そんなやり取りなんてまるで気にかけてない様子で、
「わかりました。自分のことも呼び捨てでいいです」  
 と差しだされた、ワイズの手を握った。
 厚手の手袋をはめているとはいえ、ワイズの手は青の倍以上はありそうだった。青自身も、同じような手袋をはめているから、実際それだけの差があるに違いない。
 しかも、ちゃんと顔を見ようとすると、首が痛くなりそうだった。二メートルちかくはありそうだ。横もかなりある。ここにいる三人の誰でも、簡単にその体の影に入れてしまうだろう。
 自分より背が高い相手には条件反射的に反感を覚えてしまう(それだと七割から八割方反感を覚えてばっかりだという噂もある)青だったが、なぜかワイズにはそんな想いは起こらなかった。
(いくらなんでもでか過ぎだよな)
 と思ったからかもしれない。それとも、見るからに人の良さそうな容貌のせいかもしれない。  
 青がそんなことを思いながら手を離すと、青よりも更に小さい碧玉が、赤いクマのアレクサンダーを左手だけで抱え、ワイズに笑顔で右手を差しだした。  
「はじめまして。私は碧玉です。この子はアレクサンダー。よろしくワイズさん」  
「よろしく碧玉さん、アレクサンダーさん」  
 ワイズは、律儀にクマのぬいぐるみとまで握手をしている。その姿を見て、碧玉は本当に嬉しそうに笑った。







 
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