ひよこマーク  
 

その3
 
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「冗談じゃねェ」
「ほんとに?」
「なんでこんな冗談言わなきゃなんねェんだよ! 見てみろよっ」
 と、暗い色をした船とそこから伸びた青いチューブ、そして今正にゆっくりと外部から開き始めたエアロックの映るスクリーンを指差した。
 翡翠は言われるままにスクリーンを見やり、そこに映し出されたものを理解していくにつれ、ゆっくりと目を見開いた。
「わかったか」
「……うん。それで、どうするの?」
「どうするって……そんなん俺にわかるかよ!」
 どうすればいいのか、教えてほしいのは自分の方だ。
 そうこうする間にも、エアロックは容赦なく開かれ、奥から、深緑の装甲宇宙服を着た巨大な姿が二つ、現れた。縦にも横にも大きな、ごつい岩のような姿に、青はゴクリと息を呑んだ。
「な、んだよ、あれ」
 その後から、背は高いがそれほどごつくはない黒一色の宇宙服姿と、それとは対照的な真っ白で小柄な宇宙服姿が続いた。
 四人の宇宙服姿がエアロックに現れ、三人はまっすぐブリッジに進んでくるが、一番小柄な白い宇宙服姿は、するりとその場を離れると、貨物室の方へと姿を消した。
『貨物室の映像も映しますか?』
「あ、そうだな」
 と青が頷きかけるのを、瑪瑙がすかさず制した。
「いや、もうすぐここにあいつらが来るから、余計なことはしない方がいい。ただ、アンバーが映像を記録しておいてくれれば、後でなにをしたかはチェックできるはずだよ」
「そっか……じゃ、他のも消しとくか?」
「外部カメラぐらいにしておいたらどうだ?」
「そうだな。アンバー」
『わかりました。……来ますよ』
 スクリーンから途中のキャビンなどが空かどうか確認しつつ近づく三人の姿が消え、そしてブリッジのスライドドアが開いた。
 ドアが開いた瞬間、まず装甲宇宙服の二人がビームライフルを構えて現れた。素早く中を見渡し、ブリッジの中央に立つ三人を見つけると、二つの銃口を三人にピタリと合わせて静止した。
 それから、ゆっくりと黒い宇宙服姿がブリッジ内に入り、三人を見つけると、バイザーまで黒く塗りつぶしたヘルメットを被ったまま言った。
「これで全部か?」
 その声で、それがさっきの映像の男だとわかった。想像してたよりもはるかに背が高い。この中で一番高い翡翠よりも大きかった。宇宙服を着ていることで、一回り大きく見えるということを計算に入れたとしても、長身だ 青は、その身長に敵意を募らせた。
(チクショー、なに食ったらあんなでかくなんだよ。むかつくなぁ)
 理不尽というか、ある意味無駄なその怒りに、青は一瞬恐怖を忘れ、どうやらリーダーらしき黒い宇宙服の男に強い調子で言った。
「それで、なにが望みなんだよ。この船にゃなんもねェぞ」
「なんにもないことないだろ。貨物船なんだしな」
 男は、青の強気の姿勢をちょっと面白がっているようだった。
「今はなにも積んでねェんだよ」
「空荷でわざわざリーパー船で運んでもらったって? 冗談だろ」
「冗談なんかじゃねェよ」
 実際、貨物室に積むような荷物は運んできていなかった。今回の仕事はあくまで翡翠とえみちを送り届けることだが、そのことまで説明する気はなかった。
「ま、いいって。今、調べてるしな」
 軽く言って、男は更に奥まで足を進めると、三人に一塊になって正面スクリーンの前に立つように言った。
 三人がおとなしくそれに従うと、ドアが開き、今まで姿を消していた小柄な白い宇宙服姿の人物が現れた。その体型から、女かもしれないと思っていたが、そこから聞こえてきたのは、少年の声だった。十代の半ばくらいだろうか。
「シャウラ」
 そう呼ばれて振り返ったのは黒い宇宙服の男。こんなに簡単に名前を明かすということは、おそらく本名ではないのだろう、と青はなんとなく思った。
「どうだった?」
「ビックリ。貨物室、空っぽ」
「ほんとか? ちゃんと調べたんだろうな?」
「ひどいなぁ、ぼくを信用してよ。ほんとになんにもないよ」
 白い宇宙服の少年が拗ねたように言って、青は思わず口を挟んだ。
「だから言ったじゃねェか」
 シャウラと呼ばれた男は、「おかしいな」と首を傾げ、それから青に聞いた。
「おい、この船の名前は?」
「……琥珀だ」
 ためらいながら答えた名前に、シャウラは少なからず驚いたようだった。
「琥珀? クレイモアじゃないのか?」
「違う」
「なら、クレイモアって名前の船はどこにいる?」
 クレイモアは紅玉の船の名前だ。青は咄嗟にそのことは知らないふりをすることにした。海賊がわざわざその名前を指定して探しているなんて、いい兆候じゃない。
(紅のやつ、また危ない仕事してんじゃねェのか?)
「そんなん知らねェよ」
「お前らの会社の船のはずだぞ」
「だからって、いちいち他の船が今どこにいるかなんて知ってるわけねェだろ」
「ねぇ、ちょっと生意気な口の効き方じゃない? 黙らせたら?」
 と、青を指差しながら言った少年に、シャウラは苦笑交じりに答えた。
「テス、お前に他人のこと言えないだろ」
 どうやら、テスという名前らしい白い宇宙服の少年は、シャウラのセリフに不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「ひどい。僕はあんな乱暴で下品な口、きかないよ」
「口調はな」
 シャウラは笑って、そんなことより、と言った。
「ちょっと、この船の記録調べてくれよ。例の船と接触した情報とかあるかもしれないしな」
 テスはまだ少し不機嫌そうな声で、それでもわかったと頷いた。
 そして操縦席の後ろまでやってくると、その場にしゃがみこみ、宇宙服の脇に張り付いた簡易ポケットから小型の電動ドライバーを取りだした。なにをする気だろうと訝る間もなく、テスは床のカバーパネルをあっという間に外してしまった。
 このタイプの貨物船の殆どは、その場所にメインコンピュータのコンポートネントが収納されていて、琥珀もまた同じ場所にあった。どうやらテスは、船の構造に詳しいようだ。
 カバーパネルを横に置いたテスは、電動ドライバーをしまい、今度は薄いパーム型のPDAを取り出した。 そしてテスがコンポートネントのリンク部分にPDAから伸びたコネクターを差し入れると、それまで沈黙していたアンバーが、堪りかねたように懇願口調で声を発した。
『やめてください』
 その声に、テスはちょっと驚いたように顔をあげ、小さく笑った。
「なに、今の? AI? なんかやらしい声だねぇ」
「いいから、さっさとやれって」
 シャウラは、テスの感想にもアンバーの声にもまるで興味がなさそうに、ヒラヒラと片手を振って、テスを促した。
「はぁい」
 と間延びした返事をして、テスは宇宙服の手首にあるコネクトリングを緩めた。右手の手袋だけを取り去り、コンポートネントと繋いだPDAのキーパッドに指を躍らせる。宇宙服の下の手も、その服と同じくらい白かった。
 アンバーが、もう一度、ひどく辛そうに懇願した。
『お願いです。やめてください』
 テスはちょっと顔をあげ、
「もう、静かにしてて。終わったらちゃんと元に戻すからさ。それ以上ごちゃごちゃ言うと、全メモリ飛ばすよ?」
 苛ついたようにアンバーを脅した。
 それを聞くと、アンバーはピタリと沈黙した。AIとはいえ、全ての記憶を失うのは、やっぱり怖いのだろうかと、青が考えていた時、ふいに、目の前をピンクの色が掠めた。
 いつから下にいたのか、えみちが翡翠の足元から離れて、ちょこちょことテスに近づき、その手元を不思議そうに覗き込んでいる。
「あ、ダメだよ~」
「なに? これ」
 テスは不審感を滲ませて、えみちを振り向いた。
 シャウラが警戒するように足を踏みだしたのを見て、青は咄嗟に声をあげた。
「えみち! 戻ってこいっ」
「えみち?」
 青の呼びかけを耳にした途端、テスは新たな興味を持って、えみちをまじまじと見つめた。
 バイザー越しでも自分を見つめる視線がわかるのか、えみちはちょっと恥ずかしそうに頬を染めている。
「えみち、ダメだってば~」
「こっち来いよっ」
 翡翠もさすがにマズイと思ったのか、青と声を合わせてえみちを呼んだ。
「ふうん。これがえみちなんだ」
 名前は知ってたけど、見るのは初めてだよ、とテスが呟く。シャウラは、どうやら危険な生き物ではなさそうだと姿勢を戻し、改めてテスに尋ねた。
「それ、なんなのか知ってるのか?」
「最近ちょっと噂になってるよ。新種の生物なんだって」
「どこの出身なんだ?」
「うーん、詳しいことはまだわかってないみたいだけど、相当珍しいみたい」
「ってことは、高く売れるのか?」
「かなりね」
 笑いを含んで答えたテスに、青の心臓は跳ね上がった。
「ちょっ、まさか……」
「えみち、ねぇ」
 と、シャウラが腰を屈め、えみちをつまみあげた。いきなり掴まれたえみちは、にゅうにゅう鳴きながら、ちっこい手足をジタバタさせている。
「ま、いいや。これ、貰ってくぜ。なにもないかと思ったら、意外な掘り出し物だな」
「ダメっ!」
 思わず叫んだ翡翠に、シャウラは首を傾げた。
「駄目? 俺たちに命令するのか?」
 物騒な響きの声にも構わず、翡翠はえみちへと手を伸ばした。
「ダメだよ! それは僕のえみちなんだ」
「翡翠、よせ」
 二人の海賊の間に割って入りそうになった翡翠を、瑪瑙が左手を挙げて制した。
「でも、えみちが」







 
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