ひよこマーク  
 

その3
 
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 さっきまでレーダーにはなにも映っていなかった。
 横目でチラッとレーダーに目を走らせると、緑一色だったレーダーの中心近くに、赤い光点が見えた。
(んな馬鹿な!)
 と思いつつも、急いでアンバーに指示を送る。
「緊急減速。転換して衝突を避けろっ」
『掴まっててください』
 言うやいなや、急激な減速に、青はさっきとは反対に押され、背もたれに掴まったまま、空中に体を浮かせた。
「うわ」
 必死に両手で背もたれを掴む。
 と、今度は反動で思いっきり背もたれのクッションに体ごと激突した。
「……ってェ」
 思わず呻いた次の瞬間には、転換のため右側に振られ、青には少し大きすぎる操縦席の中で、わけのわからない格好になってしまった。片足が折り曲がって肘掛にかかり、もう一方の足は頼るものもなく空間に伸びている。上半身は捩れて、右頬は背中のクッションで形を変えた。
『大丈夫ですか?』
「……なんとか」
 ようやく少し落ち着き、アンバーの気遣う声に答えると、青は無理な方向に捻じ曲げられた体を直して、操縦席に座り直した。
「それで、一体なんなんだ? いきなり出てきたのか?」
『はい。本当に突然』
「リープしてきたんじゃないのか?」
 と、丁度席に着いて固定ベルトもしたままだったため、なんの被害にもあっていない瑪瑙が言った。翡翠は自室で大丈夫だっただろうか、と心配しつつ、青は聞き返した。
「リープ?」
『はい、おそらくそうだと思います。スクリーンに映しますか?』
「頼む」
 青が頷くと、スクリーンに星のない影が大きく映っていた。
 それが、間近にある暗灰色の船だと気づくのに、一瞬の間があった。 距離はわずか数百メートル。本当に衝突寸前だったと知って、青は今更ながらにぞっとした。
 と、その恐怖を押し殺す間もなく、アンバーが少し慌てた調子で言った。
『青、さきほどの船から通信が入りました』
「なに、なんて? 突然すいませんでしたって?」
『いえ、それが……再生します』
 アンバーの声は、なんとなく動揺しているようだった。そして、アンバーの再生した一方的な通信を聞いた途端、青も、そして瑪瑙までもが明らかに動揺した。
『そこの貨物船。乗船に備えろ。乗員は全員ブリッジに集合しとけ。抵抗、武装が見られたら即座に攻撃する』
「なん、どういうことだ? 攻撃ってなんだよ」
「……よくて、なんらかの犯罪に関わっていると誤解した警察船。最悪……」
 言い淀む瑪瑙に、青が眉をひそめた。
「なんだよ」
「言わないでおくよ」
「なんなんだよっ 言わねェと余計やな感じだろ!?」
『また通信が入っています』
「繋げ」
 スクリーンに暗い映像が映った。全体的にわざと照明を落としているのだろうか、相手の背後がどうなっているのか、こちらからはまるで見えない。ただ、カメラの前にセル系のブルーミラーレンズのサングラスをかけた黒髪の男が一人いて、さきほどの通告を繰り返した。
『繰り返す。乗船に備えろ。乗員はブリッジに集合。抵抗は無駄だ』
 見た感じ、まだ若い。あまりに理不尽な要求に、青は思わずスクリーンに向かって怒鳴りつけていた。瞬間、瑪瑙がわずかに体を強張らせたのには、気づかなかった。
「ちょ、待てよ! なんなんだよ、お前っ いきなり出てきて勝手なことほざいてんじゃねェっ」
 と、淡々と通告していた男が、初めてその存在に気づいたかのようにサングラス越しに青を見て、にっ、と笑った。
『俺たち? 海賊だよ、小僧』
 そして通信は一方的に切れた。
「……今あいつ、なんてった?」
 あまりのことに頭の中が白い ぎこちなく瑪瑙を振り返ると、瑪瑙はわずかに眉をひそめて答えた。
「海賊。最悪の方だったね。あんまり無茶な言動は控えたらどうだ?」
「嘘だろ」
 こんな通行の頻繁なメイン航路に海賊船が出没するなんて考えられない。ナスル常駐の警察や軍隊に見つかるかもしれないとは思わないのだろうか。
(そっか……リープか。リーパー船なら、見つかったってすぐ消えちまえるもんな。けど、海賊がリーパー船持ってるなんて、最悪じゃねェか)
『お二人共、強制接舷に備えてください。ドッキングチューブがこちらに向かっています』
 青はハッとしてスクリーンに視線を戻した。
 船外の様子を映すスクリーンに、宇宙空間に溶け込んだような色の船から、青いチューブが漂いながら琥珀のエアロックに近づくのが見えた。
「逃げられねェのか?」
『相手側の牽引ビームに掴まっています。この船のパワーでは振り切れないと思います』
「翡翠は?」
「え?」
「全員ブリッジに集まってろと言ってたと思うけど。自室にいる翡翠が見つかったらまずいんじゃないのか?」
「あ、そうか! アンバー、急いで翡翠を……」
『はい、伝えました。こちらに向かってきています』
 ズゥン、と遠く接触音が聞こえた。船体が少し遅れて振動する。
『エアロックにチューブが固定されました』
「エアロックの様子は?」
 スクリーンの格子に船尾のエアロックの扉が映った。扉はまだ開いていない。
『エアロックが外部から開けられてしまいます』
「装置切って開かないようにするとかできねェのか?」
『ダメです。コントロールが効きません』
 アンバーの声には、明らかな不安と不満が聞き取れた。メイン制御コンピュータとして、船のコントロールを一部なりとも奪われるのは、非常な苦痛に違いない。
 と、シュッと摩擦音がして、ブリッジのスライドドアが開いた。
「!」
 思わずビクッとして振り返ると、こんな事態になっているのにも関わらず、緊張感のない様子で翡翠が現れた。
「きたよ~。なにか用なの?」
 アンバーには取り急ぎブリッジに来るようにしか言われてないのだろう。のんびりと尋ねられて、青は一瞬、気が遠くなった。
「なにか用? じゃねェっ! 海賊だよ!」
「かいぞく? またまた~」
 冗談言わないでよ、と笑う翡翠に、青は真顔で言った。







 
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