「えええええっ!? マジで!?」
初耳だった。
確かに、リーパーによる恒星間航行が可能になってから既に三世代余り経つ。太陽系外の植民地で生まれた人間だってたくさんいる。瑪瑙がそうでも不思議ではないが、それでもやっぱり意外だった。
(っつーか、自分の生まれ育った恒星系を離れてまで就職するような会社じゃねェだろ。
いや、恒星間運搬してんだから、どこの生まれだって一緒か。そんなら、別に驚くようなことじゃないのか?
けどなんか、なんとなく意外だよなァ、やっぱ)
「そんで、お前、どこの出身なんだ?」
「プロキオン」
「プロキオン……こいぬ座αか」
そう、と頷いて、瑪瑙はふと表情を曇らせた。故郷の星に、なにか嫌な思い出でもあるのだろうかと訝る青に、瑪瑙はどこか苦い微笑みをうかべた。
「まぁ、そんなのはどうでもいいよ。ただ、少し、ね」
「少しなんだよ?」
「嫌な予感がするんだ」
「え?」
瑪瑙は珍しく深刻な表情を浮かべている。青は、なんだか急に落ち着かない気分になって瑪瑙を見上げた。
と、瑪瑙は、どこか小馬鹿にしたようないつもの顔で笑った。
「浮かれ過ぎてタマがその短い足をひっかけやしないかね。小さいから足元見えそうなもんだけど、一つのことに集中すると、他のことわからなくなるからね。もう、心配で心配で」
胸に手をあててわざとらしく言う瑪瑙に、青は途端にカッとなった。
「ふざけんなっ 俺はタマじゃねェって言ってんだろ。短いんじゃねェし、こんなんバランスの問題だろ。そんな心配はいらねェよっ」
「まず引っかかるのがタマって呼ばれることなんだよね、お前って。そんなに気に入らないのか?」
「当たり前だっ」
「そう」
「そうって、やめる気ねェのか」
上目遣いに睨みつける青に、瑪瑙は笑顔できっぱりと答えた。
「全然」
「……こいつ」
(ホント、マジでムカつく)
と、青が口の中で呟いた時、アンバーが言った。
『離脱の順番がきたようですよ』
「え? あ、そっか、いけね、忘れてた」
もうすぐ離脱してもらうからと、ティエルに言われていたのに、瑪瑙と話してすっかり忘れていた。青は慌てて操縦席の固定ベルトを締め、瑪瑙にも席に着くように言った。
「瑪瑙、お前も早く座れよ。アンバー、翡翠は?」
『自室で備えているようですよ』
「ならいいや。ティエルからはなにも言ってこねェのか?」
『順番がきたと直接言ってきただけです。たぶん、忙しいんじゃないでしょうか』
ちょっと残念そうな青を気遣うかのようなアンバーの声音に、青は感心した。
(こういうとこ、ただのAIじゃないみてェだよな)
それから、気を取り直して、力強くアンバーに告げる。
「よし、それじゃ行こうぜ!」
『はい』
アンバーが答えると同時に、船が振動して、ドッキング装置から解放される。
と、巨大な手のような牽引器が本物の卵を掴むように、そっと琥珀の船体を捕らえ、発射台へと連れて行った。
目の前のエアロック扉がゆっくりと開き、発射台は琥珀を乗せたまま、そのまま自動的にエアロック内を進んだ。
最初のエアロックを過ぎると、背後で扉が閉まり、今度は第二エアロックの扉が前方に口を開いた。そして三番目の最後のエアロックに辿り着いた時、スピーカーからティエルの明るい声が聞こえた。
『それじゃ、気をつけてね。仕事が終わったら本社に連絡入れて。また拾いにくるからさ』
「あ、うん、わかった。よろしく」
『じゃあね』
バイバイ、と手を振る姿が、一瞬垣間見えた気がした。青は、他にもなにか言葉をかけたいような感じがしたが、なにも思いつかず、結局、夜へと開く扉をただ見つめた。
あの扉の向こうは、初めてのそら。
心臓が締め付けられるような緊張と期待が体を包んでいた。
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白色のアルタイルが、親指の先くらいの大きさに見えている。
目指すナスルの赤い星は、手の平を広げたほどの大きさだった。
巨大なリーパー船は、まだ後方の空間にあって、ここで降りる予定の残りの船を順番に吐きだしていた。
ここから消えるリープの瞬間を見てみたい気もしたが、あまり近くにいると転移の余波を受けることになる。
(それに、とりあえず仕事が先だよな、やっぱ)
帰りにもまた乗れるのだし、と諦めて、青はおとなしくナスルへ向かうことにした。
ナスルへ向かう航路は幾つかあり、他にも向かっている船はあるのかもしれないが、通信士席に座った瑪瑙と、いつものたわいもない会話、というか、おちょくられて三十分ほど経った頃には、レーダーに映る軌跡は一つもなくなっていた。琥珀と同じ航路をとった船は、近くには一艇もないようだ。
ナスルまではあと五時間半。
青は、瑪瑙にからかわれるのも限界と、固定ベルトを外して、操縦席から立ち上がった。
「立っても座っても変わらないね」
笑いを含んだ声で瑪瑙が言い、青がそれに反論しようとした瞬間、
「!?」
いきなり、背後に押し流されるような圧力を受けて、青はよろめいた。
「な、なんだ?」
咄嗟に背もたれを掴んで、なんとか倒れるのは避けたが、今まで感じたことのない感覚に、緊張が走る。
『前方の空間に船です。このままでは衝突コースです』
「なに?」
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