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リーパー船内のドックハンガーには、黄色い社用船が大小取り混ぜて数多く繋がれていた。どれも明るいひよこ色で、船体にひよこのマークをペイントしているが、形は様々だ。
琥珀は、その中でも比較的小さい型の船だった。卵型の船体を横たえるようにして、コの字型のドッグハンガーに繋いでいる。
そして何十艘とある船中に、一際目立つ船が一艘あった。
殆どの船が、手入れの行き届いた様子であるのに対し、その一艘は、まるで戦場を突っ切ってきたかのようにボロボロだった。両刃の剣のような鋭利なフォルム。センサーで走査すれば、その船が貨物船にあるまじき武装を隠し持っていることがわかるだろう。人間の整備員やロボットが数多く取り付いて、なんとかマトモな状態にしようと努力している真っ最中だった。
ブリッジのメインスクリーンに映しだされたドック内を眺めていた青は、そのひどい刃毀れをしたような船に目を留めて、「あ」と小さく声を漏らした。その船の形には覚えがある。
(紅のだ……)
一人だけで、敢えて危険な仕事を選んで受けたがる癖のあるその人物を、青は少し羨み、憧れ、ライバル視もしていた。
年齢が達していないから、というだけの理由で、なんの役にも立たない、むしろ心身ともに疲弊する原因になる連中とチームを組まないで済む、というだけでも、ものすっごく羨ましかった。
いつか、一人立ちを許される年齢になったら、彼と同じように、自分もたった一人で、どんな危険な仕事も平然とこなせるようになりたい。
いや、そもそも、そんなに長く勤めたいわけではないが、どうせ借金を返すまで働かなきゃならないのなら、遣り甲斐のある方がいい。
(もうすぐだ。うん、もうちょっとのガマンだ)
自分に言い聞かせながら、紅の船から視線を外し、他に見覚えのある船はないかとスクリーンに映る映像に目を凝らした。
幾つかなんとなく見たことのある船が見つかったが、他には特に珍しい船も、知り合いの船もないようだった。
それでも、青は収容されてからずっと、巨大なドッグハンガー内の映像から目を離せずにいた。
憧れのリーパー船。それに乗っているんだ、という想いが、なんだかそわそわと落ち着かない気分にさせる。
ドッグハンガー自体は、かなり大規模なものだが、それほど珍しいものじゃない。どこか、普通の船とは違う、リーパー船独自のものでもないかと探してみたが、そんなものは見当たらなかった。
(まぁ、な。船自体が珍しいわけじゃないしな)
リーパー船が特別なのは、そこにリーパーが存在しているからで、リーパー自体は目に見えるものではない。いわば、自意識を持ったAIみたいな存在で、声は聞こえるが姿は見えない。
と、そこまで考えて、ふと、ここに収容される時に聞いたリーパーの声を思い出した。
『船名琥珀。乗員は瑪瑙、翡翠、青玉で間違いないよね?』
それは屈託のない若い男の声で、最初、リーパー船に乗っている誰かの声かと思った。長い刻を過ごしてきた精神体というものは、もっと厳粛で、静謐で、全てを見透かすような口調で喋るものだと思っていた。
(気さくっつーか、カルすぎじゃねェか?)
なんて心の中で呟いたことを思い返していた時、アンバーが甘い声でその物思いを遮った。
『青、通信が入っていますよ』
「ん? どっから?」
『母船からです』
(母船って、このリーパー船のことだよな?)
と思いつつ、青は操縦席に座り直して頷いた。
「繋いでくれ」
『はい。どうぞ』
『や、快適な旅だった?』
最初に聞いたのと同じ、明るい調子の問いかけに、反射的に「はぁ」と曖昧な応えを返しながらも、なんで過去形なんだ? と首を捻った。
(まさかもう着いたなんてこた……まさかな)
ここに収容されてから、まだ一時間も経っていない。
リープする瞬間がどんなものかは知らないが、衝撃もなにも感じられなかった。よく思い返してみれば、かすかな違和感があったような気もするが、それさえ気のせいだと思うようなものだった。
『それは良かった。じゃ、離脱の準備をしてね』
「あ、あのっ もしかして、もう着いた、とか?」
『着いたよ』
リーパーのティエルの声は、どこか面白がっているようだった。
「えっ」
と言ったまま、青は思わず言葉を失った。
まさか。本当にこんなに短時間に、こんなにスムーズに、別の恒星系まで移行したとは、ちょっと信じられなかった。
『アルタイル系。ナスル星まで六時間ってとこかな』
「マジで?」
『AIに聞いてみたら?』
「えっ、あっ、アンバー?」
『はい。現在の座標を確認しました。間違いありません』
「マジで? うわ、すげェ。すげェな!」
思わずキョロキョロと辺りを見回す青の目は、驚きと興奮に輝いていた。澄んだ青がいつもより濃い。
そんな青の素直な感嘆を、面白がると同時に嬉しく思っているのかもしれない。ティエルは、一段と親しみと優しさを増した声で言った。
『わかってもらえたところで、もうすぐ離脱してもらうから準備してね。ここでお別れする船が他にもあるから、順番にね。タイミングはこっちで指示するから』
「あ、わ、わかった。ありがとう」
『どういたしまして。それじゃ、また帰りにね』
と、リーパーからの通信が切れると同時に、瑪瑙がブリッジに姿を現した。
「着いたみたいだね?」
青はスライドドアを開けて入ってきた瑪瑙を振り返り、興奮した様子で言った。
「着いた! すげェよな、あっという間だよ。全然、気持ち悪くなるとか眩暈がするとかなかったぜ? なんかまだ信じられねェけど、ほんとに着いたんだよな。すげェよなぁ」
「それは幸せだね」
「? なにが?」
「誰もがリープを違和感なく迎えられるとは、限らないんだよ。中には、ひどい吐き気や不安感、喪失感を覚える人もいるってこと」
「え、そうなのか?」
「お前はまた、極端にリープ感が小さいんだね。小さいのは身長だけかと思ったけど」
「うるせェな、最後は余計だっての」
瑪瑙を睨みつけながらも、それでもなんとなく口元が笑っている。よほど初リープが嬉しかったのだろう。結局青は、その喜びを隠し切れずに、瑪瑙に明るく笑いかけた。
「ま、んなこたともかく。俺、太陽系外に出たのってこれが初めてなんだよな。なんか、こう……すっげーワクワクするっ」
「ああ、そう」
瑪瑙の返事は、ひどく素っ気ない。青は、それがちょっと不満だった。同じように喜んでほしいとは言わないが、もう少し言い様ってものがあるだろうに。
「お前、全然嬉しくないのか? リーパー船に乗ったの、初めてじゃないのか?」
「初めてもなにも、私は元々太陽系生まれじゃないしね」
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