ひよこマーク  
 

そのに
 
line decor
  HOME
line decor
   
 

 瑪瑙の笑顔を見るのが嫌になって顔を背けた青は、ふと、瑪瑙の正面、青にとって左斜め前に座っている翡翠の、テーブルの上にいるピンクの生き物に気づいた。
「って、ちょっと待て。翡翠、お前、えみち連れてきてたのかよ!?」  
 実はさっきからそこでにこにこしていたのだが、青には気づく余裕がなかったのだろう。
 今初めて、その存在を認識して驚く青に、翡翠は相変わらずのクリーミィな口調で、当たり前のように頷いた。
「うん、そうだよ?」
「そうだよ? ……じゃねェ! 仕事先には連れてくなって言っただろ? また面倒なことになったらどうすんだ!」
「でも、仕事じゃなくて、青の家に遊びに行くんだって、めのーが言ってたよ?」
「だ、だからって、そこら連れ歩くなって言っただろ!?」
「まぁいいじゃないか。えみちだって、お前の誕生日を祝いたいだろうしね」  
 と、その言葉を聞いてか、えみちが妙に真面目な顔で、
「にゅ」  
 と頷いた。更に翡翠がえみちの気持ちを代弁して言う。
「そうなんだよねぇ。えみちがね、せーにプレゼント、用意したみたいなんだぁ」
「えっ! そ、そうなのか?」  
 こうなると、あまり邪険にも扱えなくなる。  
 まぁ確かに、連れてきてしまったものを今更どうこう言っても仕方ないのかもしれない。なにかあったとしても、本当のお客に迷惑がかかるわけでもなし、実際、何故か飼い主でもないのにあれこれ世話をしている身としては、えみちに愛着もあって、そんなえみちが自分のためにプレゼントを、なんて言ってくれるとなると、正直、嬉しかった。
「うん。ね、えみち?」
「えみちが……」  
 と、ちょっと感動の面持ちで青が見詰める中、えみちは翡翠のポケットに潜り込み、なにやらゴソゴソやってたかと思うと、やがて中から大事そうにピンクの塊を取り出した。
「にゅー!」
「う」  
 それがなんなのかを理解した途端、青は呻いた。
 えみちが、大切な宝物のように青に掲げたのは、薄い二センチ四方の物体。カラカラに乾いて、色素が薄くなっているものの、それはどう見ても、 カマボコのピンクの部分。だった。
 しかも、端っこがちょっと欠けているのは、えみちが齧った痕跡のような気がする。
「おめでとー、せー」
「よかったなぁ、タマ」  
 翡翠はまんま天然で言っているのだろうが、瑪瑙は明らかにわかって言っているに違いない。その証拠に、細めた目がやけに楽しそうだ。
「タマじゃねェ」
 条件反射でそう返したことで、青はようやく目の前の現実にコメントする気力を取り戻した。
「っつーか、これ、プレゼントって、これ、あの、明らかに食い残しじゃ……」
「にゅう?」
(もらってくれないの?)
 とでも言うように、えみちが少し悲しそうに体を傾ける。翡翠もまた、のんびりとした口調でそれを裏付けた。
「えみちのプレゼントいらないの? って言ってるよー?」
「かわいそうに。早く受け取ってやんなよ」
 薄く笑いながら瑪瑙が促す。それに従うのは不本意だったが、テーブルの上で懸命に体を伸ばし、ピンクの物体を差し出すえみちの表情を見ると、さすがに放っておけず、青は手を伸ばして指先でえみちからのプレゼントを受け取った。
「にゅっ!」
「誕生日おめでとうって」
「あ、ありがと」
 なんとも言えない表情で青が礼を言うと、えみちは本当に嬉しそうに笑った。  
 えみちに悪気がないのはわかっている。えみちはえみちなりに考えて、青が喜ぶと思って用意してくれたのだろう。 自分の大好きなカマボコのピンク部分。
 自分がもらって一番嬉しいものだから、青もきっと嬉しいだろうと思って。 だが、
(それでもやっぱ、食い残し、だよなぁ)
 しかも十中八九、自分が用意してやったえみちのご飯だ。
 プレゼントは形や金額じゃない。なにより大事なのは気持ちだ。 だから気持ちは嬉しい。
 嬉しいんだけど、
(これ、この後どうしたらいいんだ?)




 
    <<BACK  NEXT>>