呆然と妹に問いかける青を、四人の姉妹と両親が満足げな表情で見やり、お互いに笑顔を交わした。父親と同様あるいはそれ以上に、この家で違和感を醸しだしている瑪瑙と、髪の色のせいか、瑪瑙ほど違和感のない翡翠も、意味ありげな表情を浮かべている。ちなみに、翡翠の左手の上にはいつの間にか、ちゃっかりとえみちもいて、周囲の空気に影響されてか、とても嬉しそうだった。
だが、誰もが楽しそうにしているものの、青の問いに答える者はいない。その代わり、とりあえず席につけとラスターが全員に言い渡し、それぞれが初めから決められていたのか、戸惑いもなく席についた。瑪瑙や翡翠さえ、すんなりと腰をおろしたことからも、やはり予め決めてあったのだろう。
ただ一人、未だ立ち尽くす青を、
「はい、ここ。座って」
と、パッドが、一番奥の所謂お誕生日席の椅子を引いて手招く。黙ってそれに従った青は、操り人形のようにぎこちない。
椅子に腰を下ろした青に、ふいに、斜め前に座っていた瑪瑙が尋ねた。
「お前、髪の毛染めてたんだ?」
あまりに唐突な質問に、青は考える間もなく頷いていた。
「え、うん」
「なぜ?」
「なんでって……」
言いかけて、はた、と我に返り、
「なんだっていいだろ」
青は不機嫌そうに答えを避けた。
そんな青に、笑いながら口を挟んだのは、青達を出迎えた四女のセルラだった。
「それより、突っ込むべきなのは、その髪型だよねぇ?」
瑪瑙の二つ隣りの席から青を窺い見ては、未だに笑いがこみ上げてきてるようだ。
「何センチくらいたててんの? それ」
と、セルラの前に座った三女のカプラが興味津々といった面持ちで尋ねる。
「っていうか、なんでそんな地味な色に染めちゃったの? どうせなら赤とか青にすりゃいいのにさ」
そう言ったのは次女のマージ。
同時に、色んなところから様々な質問が浴びせかけられ、青は答える隙を見出せなかった。
「ホラホラホラ、お喋りはもうちょっと待ちな」
一斉に話しだす癖のある姉妹達を制したのは、今度もやっぱり母親のラスターだった。
パン、パン、と両手を二回打ち鳴らし、全員の注目を集めたのを確認すると、一人一人を見渡し、最後に青を真正面から見詰めた。
「シグ、お前のことだから、忘れちまってんだろうと思うけど。今日が何の日か、わかるか?」
「え、きょ、今日?」
いきなりそんなこと聞かれても、と、思いっきり困惑顔の青に、ラスターはやっぱりな、と大袈裟なため息をついた。
「お前、自分の誕生日くらい、覚えてたらどうなんだい?」
「え」
(誕生日? 誰の? 俺の?)
そう言われても、いまいちピンとこない。
「俺の? そうだっけ?」
誕生日。そういえばそろそろだった気もするけど、まだちょっと先のようなつもりでいた。
「まぁ、銀河標準じゃまだ先だけど、オベロンでは今日なんだよ。お前はここの生まれなんだし、こっちの時間で祝ったっていいだろ?」
太陽系を含む、人類が植民地化した天の川銀河の各星系では、混乱を避けるために、共通の標準時間を所有していたが、それと同時に自転周期に合わせた各惑星、衛星、小惑星、コロニー個別の時間概念も使用していた。
青が生まれ育ったオベロンの自転周期は太陽系標準時間で計算すると13.46日。およそ二十八周で一日経ったと計算するのがオベロン時間だが、それでも標準時間より早い。
「あ、ああ、そういうことか」
ようやく今の状況を理解して表情が和らいだ青を見て、ラスターは満足そうに目を細めた。
「やっとわかったかい? お前ときたら、前回の自分の誕生日の時も他の家族の誕生日の時も、まるきり音沙汰無しなんだからね。ま、それでも、それだけ一人で頑張ってるってことだろうから、少し強引だけど、皆で祝ってやろうと思ってね。驚かせて悪かったね」
「え、あ、いや……その」
なんだか急に照れ臭くなって、青は小声でもぞもぞと呟いた。
「それで、まず瑪瑙さんにお願いしてね。色々手配してもらったんだ。だからお前からもちゃんと礼を言うんだよ?」
「え?」
瑪瑙にお礼を言う。
なんて状況が、今まであっただろうか。
あった、のかもしれないが、印象に残っているのは、それとは正反対の出来事ばかりで、改めて瑪瑙に礼をしろと言われると、ちょっと、かなり、抵抗がある。第一、どんな顔をして、なんて言えばいいのだろう。
困惑顔の青を見やり、その内面の葛藤を見透かしたように、瑪瑙は薄く微笑って言った。
「どうもありがとうございました、瑪瑙さん。って言えばいいんだよ。簡単だろ?」
「な! だ、誰がんなことっ!」
「シグ!」
思わず反発した青に、ラスターの鋭い叱責が飛ぶ。
「……サン、キュ」
いかにも不承不承、といった風で口に出された礼に、瑪瑙は殊更に大きな笑みを浮かべた。
「どういたしまして」
(なんか、ムカつく)
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