あんなもの当たったら、シャレじゃ済まない。恐怖を怒りに変えて睨みつけた青に、ラスターは満足そうに頷いた。
「よく避けたね。少しは動きもよくなったじゃないか」
「あのなぁ」
「まぁいいから。とにかく、久しぶりに帰ってきたんだから、少しゆっくりしていきな。瑪瑙さんと翡翠さんも、どうぞゆっくりしてってな。食事くらいしてけるんだろ?」
「そんな時間あるわけ……」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「って待てよ! なんでそんな勝手なっ」
「いいから、お前は父さんに挨拶してきな。向こうの部屋にいるから。ついでに、そろそろこっちに来るように言ってな」
「いや、だから!」
激昂する青を軽くいなして、ラスターは、
「あ、そうそう。それから、それはこっちに貰うよ」
と、ずっと青が抱えていた荷物を指差した。
怒っていたはずの青も、思わず普通に受領書をポケットから取り出して、ラスターに差し出していた。
「あ、ああ。じゃあ、ここに受取りサインを……」
「はいよ。……ほら」
「あ、どうも」
ちょっと複雑な気分で礼を言った青は、とりあえず依頼された荷物を手渡すことができて、少しだけホッとしていた。
本当なら、これで今すぐ船に戻りたいところだが、ラスターが目の前にいる以上、それは許されないだろう。母親の強さは、身をもって実感している。いつかは自分の方が強くなる日が来るのかもしれないが、今はまだ当分先に思えた。
(仕方ねェな。ちょっとは付き合ってやんねェと、帰してくれそうにもないしな)
青はようやく諦めて、母親に言われた通り、別室にいるという父親の元に向かった。
その背後では、早速瑪瑙と翡翠が母親やその娘達に案内されて、応接間のソファに座らされていた。そしてすぐに、五人の十一歳から二十三歳までの娘達に取り囲まれ、あれこれと質問攻めにあっている。
青は、彼女達に囲まれているのが自分じゃないことに安堵しながらも、瑪瑙あたりがなにか余計なことを言いやしないかと不安だった。瑪瑙の視線を捉えて釘をさしたかったが、瑪瑙は青に背中を向けて座らされていたため、それもできなかった。
翡翠は、たぶん、伝えようとするだけ無駄だ。
父親のソートは、昔から殆どの時間を自分の仕事部屋にこもって過ごしていた。
部屋から出てくるのは必要最低限の用事がある時だけ。外出するのは年に数回程度しかない。
そんな根っからのインザハウス系のソートは、今日もまた、以前と変わらない場所、変わらない様子で青を迎えた。
青は、三日月型のデスクに並べられた三台あるパソコンの、右側の一台に視線を向けていた父親に、
「親父」
と、声をかけた。
声をかけられるまで、完璧に集中して、青が部屋に入ってきたことすら気づかなかったようだが、その声に顔をあげて、振り返った青の父親は、この一家の中で異端、とも言える容姿をしていた。
灰色の髪は、年齢のせいにしてはあまりに見事で、おそらく生まれつきのものだろう。瞳の色も灰色がかった緑で、落ち着いた理性を感じさせる。切れ長の涼しげな目許も、薄い唇も、高くて筋の通った鼻梁も、他の家族にはまるで似ていない。というより、父親以外が皆同じ顔なのだが。そして、
「帰ったか。元気だったか?」
と立ち上がった時、ソートは一家の中での異端ぶりを更に発揮させた。
青の、かるく頭二つ分は背が高い。
この、青を含めて全員が小さい一家において、父親の身長は、お伽話の世界に紛れこんでしまったかのようだ。
ソートは、にこやかに青に近づくと、その息子を真上から見下ろして、言った。
「暫く見ない内に大きく……は、なってないみたいだな」
「うるせェっ! これから伸びんだから、ほっとけっ」
わざと思いっきり近づいて見下ろされた青は、その場から飛び退いて、父親と距離を取ってから叫んだ。
「そうか。ま、がんばって大きくなれ。息子に身長を抜かれるまではバリバリ働こうと思ってるのに、お前がいつまでも大きくならなかったら、父さん過労死しちゃうからな。お前は、父さんを過労死させるようなことはしないよな? そんな親不孝なことしたら、父さん、呪っちゃうぞ」
青が本当の意味で小さい頃から、この父親はよくこんなことを言って、青にプレッシャーを与え続けてきた。自分の身長が一気に伸びだした十三歳を青が過ぎた頃からは、毎日のように繰り返してきた。
父親のこのプレッシャーも、青が一日も早くこの家をでたいと思った、そして帰りたくない、と思う理由の一つだった。
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