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途中数件の仕事を片付けながら、およそ一週間かけて、青達は天王星の最も外側にあり、ティタニアに次いで二番目に大きな衛星、オベロンにやってきた。
妖精王の名を冠する衛星オベロンは、およそ半分が氷、もう半分が岩石から成っている。その岩石部分に、ドーム型植民地が大小とりまぜて十五箇所、宇宙港が三箇所あった。
青達が着陸したのは、オベロン最大の宙港で、アンバーをそこに停泊させたまま小型シャトルで向かったのは、オベロンの第五都市、ビオラと呼ばれる比較的大きなドーム都市だった。
そして、いつものように荷物を持ち、いつものように先頭に立ち、いつものようにインターホンを鳴らそうとして、青はふと後ろを振り返った。
「なぁ、どうしても俺が言わなきゃダメなのか? たまにはお前らが先頭に立つとかしねェのかよ」
ここまで来ても、どうしても躊躇してしまう。せめて、二人の後ろに隠れていることができればいいのに。
「なにを今更」
瑪瑙は、半ば呆れたような調子でそれを却下した。
「今更って、お前な」
「いいから、さっさと行け。玄関前でモタモタしてたら、不審に思われて通報されるぞ」
いっそ、そっちの方がマシかもしれない。
そんな考えが脳裏をよぎったが、結局は、仕方なく、ほんっとーに嫌々ながら、青は会社指定の決め台詞を口にした。いつもより若干棒読みで。
「ひよこのマークでお馴染みの銀河ぴよぴよ運輸です。お荷物をお届けにまいりましたぁ」
言うだけ言うと、青は心持ち俯き加減で返事を待った。
中から若い女の声で、
「はーい。今開けまーす」
と聞こえた時も、顔をあげるどころか、益々深く俯いた。
それを見咎めた瑪瑙に、ちゃんと顔をあげろと注意されても、青には顔をあげることができなかった。
わかっていたから。
今の声が誰のものかも、このドアが開いたらどんなことになるのかも、わかっていたから。
「待ってたのよぉ」
青の心境とは裏腹に、やけに明るい声と共にドアが開いて、中から小柄な少女が現れた。
肩より少し長い明るい金の髪に鮮やかな青い目の、どこかで見たような顔立ちをした十代後半くらいのその少女は、戸口に立つ三人を順番に見比べると、一番前で殊更に顔を俯けて、茶色い包装紙にくるまれた荷物を抱えている少年に目を止めた。それから、暫し考え込むような間を空けてから、
いきなり、笑いだした。
「いやっ、あはははははは! なに、それ、どうしたの~!」
自分を指差して爆笑する少女を、青は不機嫌そうな顔をあげて見やった。
「うるせェ」
憮然と呟く青に、少女はお腹まで抱えて笑い転げる。
「あははっ、も、それ。やははは……ダメ、助けて」
「おい、いい加減にしろよ! いつまでも笑ってんじゃねェっ」
客に対するものとは思えない口調で叱責する青を横目で見やり、指先で涙を拭いながら、少女はなんとか謝った。
「ごめっ。だって、すごい色の服に、そんなあ、あたまっ」
頭、と青の髪を指差し、少女はまた笑いだした。
「うるせェ。ほら、さっさと荷物受け取れよ」
「あー……そっか。うん、ごめんね、まぁ中入ってよ」
少女は、まだちょっと口の端で笑いながらも、片手で青を手招いた。
青は、慌てて首を振った。
「いいよ、ここで」
「なに言ってんの、久しぶりの我が家なのに、そのまま帰ることないでしょ。いいから、入って入って」
久しぶりの我が家。
青が散々来るのを嫌がり、今すぐにでも逃げだそうとしているこの家は、青の実家だった。青を迎え入れようとしているのは、青より二つ年上の姉、セルラだ。
「いいって言ってんだろ! 俺、仕事できたんだし。こいつらもいるんだから、すぐ帰るよ」
こいつら、と後ろに控える瑪瑙と翡翠を顎で指し、青は手に持った荷物をセルラにぐい、と差しだした。
だが、セルラはそれを受け取ろうともせず、瑪瑙と翡翠に笑顔で頷きかけると、二人も共に招いた。
「はじめまして。姉のセルラです。いつもうちの弟がお世話になってます。どうぞ、狭い家ですけど中にいらしてください」
「お前、なに言って……っ」
と、青が止める間もなく、瑪瑙がまるで予期していたことのように、あっさりと頷いた。
「ありがとうございます。私は瑪瑙、と申します。弟さんにはこちらの方こそいつもお世話になって。では、お言葉に甘えまして」
自分の方が瑪瑙たちを世話している、という言葉には激しく同意するが、あっさり招待を受けるのには同意できない。
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