「あー、確かにちょっと遠いんですよね。だからできれば、途中で何件か寄っていってほしいんですよね」
「何件かって、俺らの船はでかい方じゃねェんだけど」
「ええ、知ってますよ、「琥珀」ですよね。大丈夫です、大きな荷物はお願いしませんから。小さいのを何件かでいいんです」
有名ですから、と呟いた彼は、船のこと言ったのか、その船に乗るチームのことを言ったのか。
「あ、そうなんか。……って、そうじゃねェ」
反射的に納得しかけて、青は慌ててかぶりを振った。
「え?」
そうじゃない。そうじゃなくて。
「いや、まだ受けるって決めたわけじゃ」
「受けないのか? やっぱりなにか 不、都、合。があるのか?」
青の顔を、斜め上から覗きこむようにして瑪瑙が尋ねる。
「不都合なんかねェって、言ってんだろ」
(やたら「不都合」を強調しやがって。どんな不都合が聞きだそうったって、その手には乗らねェからな!)
青の瞳に宿る強い決意など、まるで意に介した様子もなく、瑪瑙は笑顔で念を押した。
「じゃあ受けるんだね?」
「受け……」
る、と言い切るには抵抗があった。
遠い場所。そんなのは、本当はどうだってよかった。
だけど。
(冗談じゃねェ。こんなん、誰かが仕組んだとしか思えねェよ)
荷物の配送先。それこそが問題だった。
その場所を離れてからずっと。ずっと近づかないようにしていたのに。
「どうしたんだ、タマ。受けるのか? 受けないのか?」
「タマって言うんじゃねェ」
お約束のツッコミを入れてから、青は『遠いからもっと近場にしないか作戦』を決行した。
「けどさ、実際あんまし遠いとこ行かないよな、普段。アンバー、いや「琥珀」ってそんな高速船でもねェし、長距離は向いてないんじゃねェの? やっぱ、近場から近場に渡ってく仕事にした方がいいような気がすんだけど」
ムキになることもなく、やんわりと断るように持っていく。
(今回は、結構うまくいった気がするぞ)
と、内心、自画自賛をした青だったが、瑪瑙はそんなに甘くはなかった。
「長距離輸送ができないほど遅くもないだろ? いいんじゃないのか、たまには」
「いや、でも、ほら、えーっと……」
(ダメだっ! 次のネタが浮かばねェ!)
ここで敗北してしまうのだろうか。
(ダメだ! なんとかしないとっ)
決意は固いのに、頭が回らず、焦燥感ばかりが胸をかきたてる。
そんな青の焦る心を見透かすように、瑪瑙はすっと目を細め、やがてにーっこりと笑った。
「な、なんだよ」
ついさっき、別れてホッとしたばかりの社長秘書を思わせるような、満面の笑みだった。瑪瑙のそれの方が、いやに意味深長なものに見えたが。
「そんなに悩むことはないよ」
ひどくやさしげな声音。それが怖い。
「な、にが、だよ」
その先の言葉を聞きたくない、聞かない方がいいという予感がするのに、何故か聞き返さずにはいられない。こうして、何度泥沼にはまっていったことだろう。
「決めるのは、私だから」
「え」
ちょっと、意外だった。
今まで、殆どの仕事は青が自分の意思で決めていた。瑪瑙が仕事を受けたり、決めたりしたことは、数えるほどしかない。
(たまに引き受けてくりゃ、ロクな仕事じゃねェしな)
例えばそれは、社長秘書を乗せて支社まで行くとか、主に青が嫌がる仕事ばかり。
青が嫌がる仕事だけを選んで?
(まさか)
今回もそんな理由で、それだけが理由で、自分が仕事を受けると言う気だろうか。
(そんなん、冗談じゃねェぞ!)
「おい、お前、まさか俺が嫌がるからって……」
と、青が言いかけた途端、瑪瑙はぐっと身を乗りだした。
「嫌? どうして? この仕事のどこがそんなに嫌なんだ? 理由を言ってみなよ。それによっては考えるから」
「うっ」
(しまったぁぁっ! 俺の、ばかーっ!)
思わず、自分がこの仕事を嫌がっていると白状してしまった。これで瑪瑙に、その理由をうるさく追求するきっかけを与えてしまったことになる。
青は激しく自己嫌悪に陥ったが、ここでべっこりヘコんでいるだけでは、完全に負けを認めることになる。
|