ひよこマーク  
 

そのに
 
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 仕事の受託なら三階にある業務受付でしていると水晶に教わった通り、瑪瑙と青はそのまま、円筒形のエレベーターで業務受付に向かった。
 エレベーターを下りると、光沢のある落ち着いたモスグリーンの床とオフホワイトの壁の、明るいエレベーターホールがあった。その先には半透明のスライドドアがあり、更に向こう側にはコの字形のデスクが見える。そこより先は、デスクの後ろに備え付けられたパーテイションによって、ホールからは見ることができない。  
 コの字形のデスクには、茶色い巻き毛の青年が座っていた-。
「あのー、業務受付ってここでいいんだよな?」  
 デスク上のパソコンを操作していた手を休めて、少し長めの巻き毛の青年は、薄くそばかすの散った顔をあげた。二人の服装を一瞥し、青年は愛想よく頷いた。
「お疲れ様です。そうです、お仕事の受託希望ですか?」
「そう。ここで最後だったから」
「急ぎのお仕事が、直接船に届いていることはないですか?」  
 日常的な仕事なら、こうして直接貰いに行ったり、船内から自分達で要求したりもするが、時折、重要度の高いと思われる仕事や、受ける人間がいなかった仕事を、会社側から持ちこまれることがある。本社の業務課長の瑠璃が連絡してくる時は、大抵そんな仕事の依頼だ。そういった仕事は急ぎであることが多く、他の仕事を後回しにしたり、他のチームに回さなくてはいけないこともある。  
 この、人の良さそうな明るい鳶色の目をした青年は、それを心配しているのだろう。青は、ちょっと考えて、念のためアンバーに確認してみることにした。  
 この支社に入ってからまだ一時間も経っていないが、その間に依頼がきていないとも限らない。
「大丈夫、だと思うけど。ちょっと確認してみるよ」
「お願いします」  
 青は小さく頷いて、耳につけた青いピアスに指先で触れながら、アンバーに呼びかけた。
「アンバー?」
『はい、青』  
 間髪いれず、アンバーのやわらかく、どこか気恥ずかしくなるような声が伝わり、なんだか背中がむず痒くなる。今まで何度もアンバーの声を聞いているのに、まだ少し落ち着かない気分になるのは、なぜだろう。
「仕事の連絡、入ってるか?」
『いいえ。特になにも入っていません』
「そっか、サンキュ」  
 現在、仕事の依頼は入ってきていないことを確認すると、青は改めてその青年に向き直った。  
「大丈夫。きてねェって」  
 わかりました、と頷いて、巻き毛の青年はキーボードに慣れた手つきで指を躍らせた。  
「どちら方面がいいとか、希望はあります?」  
「あー……いや、別にない、かな」  
 青は、ちょっと考えてから首を振った。
 行きたくない場所ならあるが、それを口にしたら、絶対、瑪瑙が敢えてそこを選ぶに決まっている。自分が嫌がるなら、嬉々として瑪瑙がそうするだろうということには、自信がある。自信っていうか、確信だ。
「それじゃ、ちょっと遠くてもいいですか? ちょうどその方面に向かう船を探していたところなんですよ」
「遠い? どこ?」  
 かすかに、予感めいた想いが脳裏をよぎる。
(まさかな)  
 口にしたり、たとえ心の中でも言葉にしたら、それが現実になるような気がして、青は頭に浮かびそうになった名前を意識的に打ち払った。
「オベロンです。ほら、画面のここにある、これです。オベロン第五都市に届けてほしいんですよ。住所はこれです」
  青年は、画面の向きをくるりと変えた。青達にも見えるようにして、画面の一部分を指差す。
「マジかよ」  
 たとえ一瞬でも、思い浮かべそうになったのがいけなかったのだろうか。青は思わず眉をひそめて、小さく呻いた。
「なにか不都合でも?」  
 青の顔に浮かんだ表情に、青年が心配そうに声をかけてくる。  
 それだけなら別になんてことはなかったのだが、瑪瑙が、空々しい心配顔をして、同じように聞いてきたのは、ものすごーく嫌な感じだった。
「なにか不都合があるのか?」
「別にねェよ」
「本当に? 都合が悪いのなら、他の仕事でもいいんだよ?」  
 言葉だけはやさしげな瑪瑙の黒い瞳が、獲物を見つけた捕食者のようなきらめきを宿すのを、青は見逃さなかった。
(こいつ。んなこと言って、なにか俺の弱みでも握ってやろうとか考えてんだろ、きっと。弱みなんて、これ以上握られてたまるか!)
「別にないって言ってんだろ。どこだって構わねェよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ……いや、ちょっと遠いなって思っただけだ」  
 確かに少し遠い。もっと近場でいいんじゃないか。
 そう言って、違う仕事に変えた方がいいかもしれない。ヘタに仕事を請けて、瑪瑙には決して知られたくないことを知られてしまうのだけは、避けたかった。




 
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