いっそのこと、シャトルのことは諦めてしまおうか、とも思う。そうすれば、自分を弄ぶ瑪瑙の思惑を外してやれるはず。
だが、結局青は、その思いつきを放棄した。
折角改良したシャトルの性能を試す機会を逃すのは、やっぱり嫌だ。瑪瑙のことは、今に始まったことじゃないし、ここは我慢して、シャトルの運転をさせてもらおう。
「俺が悪かったって言ってんだろ。俺に行かせてくれよ」
「ま、どうしてもって言うなら、それでもいいけど?」
「……どうしてもだよ」
苦々しげに絞りだした青の言葉に、瑪瑙は目を細めて微笑んだ。ひどく嬉しそうなその笑顔に、我慢しようとした気持ちが萎えかける。
「そうか、じゃ、仕方ないな。シャトルの運転は譲ってやるよ。これは貸しってことで」
「貸しってなんだよっ」
「私が運転するのを諦めて譲ってやるんだ。当然だろう?」
瑪瑙の論法はなにか間違ってる気がしたが、どこがどう間違ってるのかうまく指摘できない。もう一度、なにがおかしいのかを考えようとした時、ドッキングのかすかな振動があって、アンバーが告げた。
『ドッキングが完了しました。シャトルをお使いになるんですよね?』
途端、改造したてのシャトルのことで、青の頭はいっぱいになった。同時にあれこれ考えるのは、苦手だ。
青は、勢いよく頷いて固定ベルトを外し、操縦席から立ち上がった。
「もちろん! 準備は?」
〈できています。すぐにも出発できますよ〉
アンバーの声はどこか自慢げに聞こえた。
「よし。じゃ、早速行こうぜ」
青は、真珠を振り返って言った。
「はい。よろしくお願いしますね」
真珠がにこやかに頷いて立ち上がり、それと同時に、瑪瑙も席から立ちあがった。
「え、お前もくんの?」
驚いて、青はまじまじと瑪瑙を見やった。てっきり、船に残る気だと思っていた。
「ついでに、直接支社で仕事を受けてこようと思ってな」
「……やけに前向きじゃねェか」
不信感たっぷりの青の視線を正面から受け止めて、瑪瑙は少し笑った。
「私はいつでも、仕事熱心だよ」
「嘘つけ」
間髪入れない突っ込みに、瑪瑙の笑みが大きくなる。その突っ込みは、瑪瑙の期待通りのものだったのだろう。
「それで翡翠、お前は? ここに残るか?」
と、まだ座ったままの翡翠に視線を移し、瑪瑙が尋ねる。翡翠はメインスクリーンに映しだされたステーション周辺の映像から、瑪瑙に目を向け、ちょっと首を傾げた。
「行かなくてもいいの?」
「どちらでも」
「ん~……じゃあ残る」
このステーションには翡翠の好きな怪しげな店もないし、興味が湧かないのだろう。
「わかった」
瑪瑙は翡翠に頷き、行こう、と青と真珠を促した。
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アンゲロス・ステーションにある支社は、規模はそれほど大きくない。
だが、ステーション自体が交易の盛んな地域にあるため、仕事はひっきりなしに入ってくる。むしろ、規模の割には、仕事量は多いといってもいい。
そのアンゲロス支社の管理を任された人物は、長い銀の髪と理知的な青磁色の目をした十九歳の少女だった。
ほっそりとして、繊細な姿形をしている。全体に華奢で、あまり体は丈夫そうに見えない。
青たちが支社を訪れた時、彼女は丁度、通路の壁に埋め込まれた緊急用バックアップシステムを点検する作業に自ら立ち会っているところだった。突然現れた本社の社長秘書に、かすかな驚きを示したが、すぐに、穏やかな歓迎の表情を浮かべた。
「真珠様。わざわざおいでになるとは存知ませんでした。本日はどのようなご用向きですか?」
物静かな声は、どことなくAIのような印象もある。
「ええ、ちょっと視察に」
ニコニコ顔で真珠が答え、水晶はその傍らにいる瑪瑙と青にチラリと視線を送った。
「そちらのお二人もでしょうか?」
「いえいえ」
真珠は、笑顔のまま片手をヒラヒラと振ってそれを否定した
その気楽な仕草に、青は、真珠より水晶の方がよっぽど社長秘書、という役割に相応しいような気がした。
(大体なんで、真珠が社長秘書なんてやってんだ?)
青は、今更ながら首を傾げた。
「こちらのお二人は、私をここまで連れてきてくださったんです。配送チームの方々で、私を送り届ける任務を終えた後、こちらで新しいお仕事を引き受けるおつもりなんです」
「そうですか」
納得したと頷き、水晶は二人に向かって軽く会釈を送った。
「お仕事、お疲れ様です。私はアンゲロス支社長の水晶と申します。お仕事の依頼でしたら、三階の業務受付にてお願いすることがあるかと思います」
青は、水晶の態度を眺めている内に、なんとなく冷たい人かも。という気がしてきた。冷たいというか、もの凄く事務的だ。
それでも、瑪瑙がなんとなくどころじゃない冷静さで自己紹介すると、慌てて自分も頭を下げた。
「ありがとうございます。私は瑪瑙、と申します。すぐにそちらに伺わせていただきます」
「あ、俺は、いや、青です。よろしく……あ、お願いします」
入社したての新入社員よりぎこちない敬語と態度の青を見た水晶の目が、わずかに興味を引かれたような色を宿した。
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