ひよこマーク  
 

そのに
 
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『管制部からの通信を受信しました』
 アンバーの、事務的な口調なのに何故か甘い声が告げ、青はスクリーンを眺めたまま言った。
「いつも通りに頼む」
『わかりました。そろそろドッキングに備えてください』  
 アンバーに促され、青は指定席の操縦士席に座り、真珠にも席に着くように言った。惑星に着陸する時と違い、ステーションへのドッキングは殆ど衝撃もなく、ステーション側の誘導に任せていれば問題ない。それでも一応、席に着いておく決まりになっていた。なにか不測の事故が起こらないとも限らないからだ。幸い、今までそんな事故にあったことはないが、これからもないとは限らない。青は、こういう約束事は、守らないと気持ちが悪い性質だ。元が心配症なので、備えておいた方が安心もできる。
「もう到着ですか? 早いですね」  
 ニコニコ顔の真珠の言葉に、
(全然、早くねェ!)  
 固定ベルトをはめ込みながら心の中で吐き捨てた時、アンバーからの知らせを受けたのだろう、ドアが開き、瑪瑙と翡翠が続けて入ってきた。
「見えてきたな」
 メインスクリーンを一瞥して、瑪瑙が誰ともなしに呟き、通信士席に着く。翡翠は相変わらずの淡い微笑みをうかべ、
「そうだねぇ」
 と、瑪瑙の独り言のような呟きに答えて、空いている席に腰をおろした。今はその手の中に、えみちの姿はない。だが、翡翠の左のポケットが不自然に膨らんでいる。おそらく、ポケットの中で昼寝でもしているのだろう。 
「そういえば、アンゲロスの支社長が変わらなかったか?」  
 席に着いた瑪瑙が、ふと思い出したようにに尋ね、真珠は笑顔で瑪瑙を振り返った。
「そうなんですよ。以前の方はちょっと問題がありまして、先月交代していただいたんです」
「じゃあ今回は、新しく着任した責任者の仕事ぶりを見るのが、主な目的ってことだね」  
 この航海の間に、青の前でだけ真珠に敬語を使う遊びはやめにしたらしい。瑪瑙はすっかり、普段と変わらない口調になっていた。真珠の方は相変わらず敬語だったが、これは彼の癖のようなものだった。
「そういうことになりますね。でも、彼女なら立派にやってくれてると思いますよ」
「ふうん。名前は?」
「水晶さんです」
 その名前だけで、会う前から、社長に名前をつけられた一人で、それだけの容姿をしているということがわかる。どんなタイプかまでは、社長の趣味の幅広さからして、ちょっと見当がつかないが。
「水晶……名前だけは聞いたことがあるよ。スイ、とか呼ばれているのがそうだろう? 会ったことはないけどね」
「受注部門にいましたから、会う機会はなかったかもしれませんね」
「そうだね。ところで、支社まではどう行くつもりだった?」
「ドックのタクシーを呼ぶつもりです。その方が早いですから」  
 ドッキングチューブ内を移動してステーションの中に入ることもできたが、もっと時間を短縮したい人々は、ドックとステーションの間の宇宙空間を専用のタクシーで移動することが多かった。タクシーは、オレンジ色に近い黄色の小型艇だ。四、五人ほどの人数を運ぶことができる。
「ああ、なるほど。けど、それには及ばないと思うよ」
「と言いますと?」
「タマが、船のシャトルで送ってくれるはずだから」  
 二人の会話を聞くともなしに聞き流していた青は、いきなりでた自分の名前とその内容に、思わず驚愕の声をあげた。
「な!?」
「そうなんですか? それは助かります」  
 嬉しそうに真珠が微笑み、青は慌てた。
「ちょっと待て! 誰がいつ、んなこと言ったよ。つーか、タマって言うなって何度も言わせんじゃねェ」
「いいじゃないか、別に。なんて呼ぼうと」  
 瑪瑙が面倒臭そうに言う。青は、その言い方で更に激昂した。
「いいわけねェだろっ! じゃなくて、名前もだけど、俺が送るって話もだよ!」
「どうして?」  
 心底不思議そうに聞き返されて、そっちの方が不思議になる。
「どうしてって、なんでお前が俺の行動、勝手に決めんだよ!」
「そうか。じゃ、行かないんだね?」  
 真顔で念押しされても、青の気持ちは揺るがない。誰が瑪瑙の言いなりになってたまるものか。
「行かねェよ」  
 青は憮然と吐き捨てた。  
 と、瑪瑙が、その返事を待っていたかのように、笑顔で告げた。
「せっかく、改造したシャトルを使ういい機会なのにな。じゃ、私が送るよ」
「あ」
 青は息を呑んだ。
 乗り物関係が好きな青は、それを眺めるのも乗るのも、自分であれこれ改造するのも大好きだった。  
 一週間ほど前に、シャトルの推力装置に改良を加えた青は、それを使う機会をずっと待っていた。本社には本船のメンテナンス目的で訪れたから、シャトルを使うことができなかった。だから、次の機会にはきっと、と思っていたのに、すっかり忘れていた。真珠を同乗させたドタバタで、頭からすっ飛んでいたようだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「いや、あの、ちょっと……」
「なにか?」  
 瑪瑙が、空々しい無関心な態度で聞き返す。  
 青は心の中で二言三言毒づいてから、降参した。
「悪かったよ。俺が行くって」
「無理にとは言ってないよ。勝手に行動を決めて、私こそ悪かったね」  
 真顔で謝罪する瑪瑙に、青は呻き声をあげた。
(こんな時だけ殊勝なフリしやがって。愉しんでんだ、絶対)




 
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