ひよこマーク  
 

そのに
 
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「正直に言ってるよ。私は正直者で評判だしね」
「思いっきり嘘じゃねェかっ! お前が正直なら世の中に嘘つきなんか一人もいねェよ!」
「ひどいね」
「ひでェのは、お前がいつもやってることだろっ」
 声を荒げる青に、瑪瑙は楽しそうに頷いた。その辺りは、否定する気もないらしい。
「それは言えるね」
 否定しないなら、それはいい。青は改めて、瑪瑙を問い質した。
「で? だから、えみちはどこだよ」
「さぁ? 私は知らないよ。でも、そういえば」
「そういえば?」
「食堂のディスポーザーの中から、鳴き声が聞こえたような?」
「お前、そんなとこに閉じこめたのか!」  
 この鬼畜、と声にださずに目つきで言って、青は急いで食堂に向かった。  
 そんなとこに入れられたら、いくらあのえみちでも無事に済むとは思えない。分解されてリサイクルされて、明日には別の「なにか」になって出てくるかもしれない。
(いくらなんでも、そんなん冗談じゃ済まねェぞ)
『いくらなんでも、そんなこと見過ごしたりしません』  
 キッチンに辿り着いてディスポーザーの中を覗きこみ、そこにえみちの欠片さえ残っていないのを、アンバーに恐る恐る尋ねた青は、呆れたような声音で答えられ、顔を赤らめた。
「そ、そりゃ、そうか。だよな」  
 反省と気恥ずかしさの後に、青の中に満ちたのは、燃え上がるような瑪瑙への怒りだった。  
 猛ダッシュでメインキャビンに戻ると、青は、カップからのんびりとコーヒーを啜っている瑪瑙を怒鳴りつけた。
「てめェ、騙しやがったな! いねェじゃねーかっ! ほんとはどこにいんだよっ」  
 瑪瑙はゆっくりとストローから唇を離し、少し芝居がかった仕草で首を傾げた。
「おや、いなかった? じゃあ勘違いしたんだね」
「嘘つけ。いいから、さっさと言えよっ」
「そうだな。トレーニングルームで見たような気もするね」
「今度は本当だろうな!? また嘘だったら、承知しねェぞ」
「嘘をついた覚えはないよ。単なる勘違い」
「うるせェ! ほんとにほんとにそこにいるんだな?」
「断言はできないな。そんな気がしただけだからね。けど、探すあてがなにもないよりマシだろう?」
「適当なこと言われるんなら、全然しらねェ方がマシだっつーの!」
「じゃあ探しに行かなければいい。だけど、もし、今言った場所にえみちがいたら、それはお前が自ら探しに行くことを拒否したんだからね。それを私のせいにするなよ?」  
 闇のように深い瞳で真正面が見据えられ、青は思わず、ぐ、と言葉に詰まった。  
 瑪瑙は、たまにこんな有無を言わせない目をする。青はその目で見つめられるのが苦手だった 。
「く、くそっ! 行きゃあいいんだろっ」  
 チクショー!!  
 と、心の中で叫びながら、青は結局、トレーニングルームまでえみちを探しに行った。  
 そして、やっぱりというかなんというか、そこにもえみちはいなかった。
 今度は。今度こそは。今度ばっかりは。
(ただじゃ置かねェからな!)
 たとえ後でどんな仕返しをされようとも、一発ぐらいぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。
 強い決意とともに三度メインキャビンにやってきた青は、そこに、信じがたい光景を見た。
 絶えることのないその人物の笑顔は、ひどく満足そうで、なんだかいつもより一際輝いて見えた。右手には、もうすっかり自分の一部にでもなったみたいな、ホロビデオ用のカメラがあって、左手の上には。
 ピンク色の物体。
「え、え、みち」
 青は呻くように呟いた。
 それは確かに、さっきから探し回っていたあのピンク色の生き物で、それを手にした人物同様、やけに満足そうな笑顔で「にゅうにゅう」騒いでいた。
「タマさん、やっと部屋から出てきてくれたんですか?」
 立ち竦む青に気づいたその人物、真珠が嬉しそうに微笑んで、早速カメラを構えようとした。
「ま、待てっ」
 青は咄嗟にソファの陰に隠れ、そこから片手を上げて真珠を制した。その手以外は完全に隠れたつもりなのだろうが、つんつんした形に立ち上げられた髪の毛が見えている。
「おや、タマ。おかえり。えみちは見つかった?」
 白々しい声が反対側のソファから聞こえ、青は顔を隠したまま、伸ばした手の指を「ふざけんな」の 形にした。
「タマって言うんじゃねェっ! てめェ、やっぱり騙しやがったな!?」
「勘違い、だよ」
「嘘つけっ」
 実際、瑪瑙は真珠の『えみち独占撮影会』開催を知っていた。  
 こっそりえみちを連れだして、客用キャビンでえみちを撮影していること。それをアンバーに口止めしていたこと。  
 全部、知っていた。  
 明らかに嘘をついて、青で遊んでいたのだが、瑪瑙はあくまで勘違い説を押し通し、その内、
「証拠はあるのか」
 と脅しはじめ、結局青は、今度もまた怒りの鉄拳を瑪瑙に食らわせる機会を失った。  
 もう少し粘ってもよかったのだが、そこにはソファから少し飛び出た青の髪や片手さえも撮影しようとする真珠がいたし、青は最後に、
「おぼえてろっ」  
 と、お定まりの捨てゼリフだけを残し、再び自分の個室に避難した。  
 後で翡翠に、「お前がもうちょっとちゃんと見てればあんなことには」と船内映話で文句を言ったが、 翡翠は堪えた様子もない。ただ呑気に、えみちが戻ってきたことを嬉しそうに報告され、青にも礼を言われては、青はただもう、やり場のない怒りを抱えてその映話を切ることしかできなかった。  
 そんなふうに、真珠を連れてアンゲロスまで辿り着くまでの間、青は普段の二・五倍(当社比)の辛酸を舐めた。
 本当に、本当に、辛かった。
 だがそれも、もうすぐ終わる。
(な、長かったぜ……マジで)  
 メインスクリーンに映る、ありふれたステーションのほの白い姿が、やけに愛しい。  
 たとえ今この時、同じブリッジ内に真珠がいて、スクリーンを見上げる自分の横顔を撮影されていても、もうすぐこんな生活からサヨナラできるなら、我慢できるってものだ。




 
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