ひよこマーク  
 

そのに
 
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 それは、青が自分のキャビンでマイ工具の手入れをしていた時だ。
『青、翡翠が面会を求めています』
 アンバーの言葉に、青はちょっと眉をひそめ、
(また、なんか厄介事じゃねェだろうな?)
 と疑いつつも、ドアを開けることを許可した。
 ドアが開くと、見てくれだけはどっかの王侯貴族みたいな翡翠が、今にも泣きだしそうな顔で立っていた。
(うわ、やな予感)
 青がそう思った直後、
「せー……えみちがいない」
「またかよ」
 翡翠のこのセリフを、もう何度聞いたことだろう。
 翡翠の話では、えみちは「ぼーけん好き」らしく、しょっちゅう一匹でどこかにでかけてしまう。でかけるまでは別にいいのだが、あの大きさだから、すぐにどこにいるのかわからなくなるのだ。おまけに、それはえみち自身も同じらしく、迷子というか遭難することもよくある。そして、えみちが空腹で倒れてしまう前に回収するのは、なぜか青だった。  
 とはいえ、ここは船の中。その殆どをアンバーがモニターしている。実際、今までもアンバーに居場所を教えてもらうことが多かった。
 だから、最初にアンバーに聞いて自分で探しに行けと、青は何度も言い聞かせてきた。それなのに、 今回もまた、アンバーに聞いてすらいないのだろうか。
「それ、アンバーには聞いたのか?」
 聞いていなかったら、今度こそきっちり話してわかってもらおう。そう心に決めながら尋ねた青に、 翡翠は子供みたいに頷いた。
「うん、聞いたよ。でも」
「でも?」
 青は首を傾げてその先を促したが、すぐに、翡翠のペースで話を聞くよりもアンバーに直接聞いた方が早いと、自室の天井にある、アンバーのモニタカメラを振り仰いだ。
「アンバー? お前、えみちの場所わかんねェのか?」
 モニタカメラに起動の赤いランプが点り、アンバーがなんとなく困ったような口調で答えた。
『いえ。把握はしています』
「わかってんだろ? どこにいんだよ」
『それは、申し上げられません』
「は? なに言ってんだ?」
 青はちょっとイラついた。まさかまた、アンバーの悪い癖がでて、人間の『ごく少ない情報源に基づく』行動をシミュレートしているのだろうか。
「お前、遊んでる場合じゃねェぞ。知ってるんなら教えろよ」
『遊んでいるわけではありません』
 アンバーの声には、かすかにプライドを傷つけられたような響きがあった。
『秘密厳守を命じられたんです。私の権限では、えみちの居場所を教えることはできません』
「秘密厳守? 誰に」
『それもお教えできません。大変申し訳ないのですが』
 教えられないといっても、この船に乗ってる人間は少ない。
 自分と翡翠を除けば、普段はたった一人。今だって二人しかいない。そのどちらがアンバーに口止めしても、おかしくないと青は思った。
 だが、どちらにそれを問い質すのがいいかといえば、常にビデオカメラを構えている相手よりは、まだ慣れた相手の方がマシ。な、ような、気がする。
「わかった。俺が直接聞くから、いいよ」
『申し訳ございません』
 青は、アンバーのモニタカメラに、気にすんな、と手をあげて、翡翠に向き直った。
「とりあえず瑪瑙にでも聞いてみるから、お前はお前で心当たり探しといてくれよ」
「うん、わかった」
 翡翠は素直に頷いたが、青は、翡翠が独力で見つけだすことを、特に期待してはいなかった。ただ、自分だけがえみちを探しまわることに、理不尽さを感じているのが嫌だっただけだ。自らも行動することで、翡翠も少しは責任感というものを身につけてくれればいいのだが。
(望み薄だよな、それも)
 青は、半ば諦めの心境で、再びモニタカメラを見上げた。
「アンバー、瑪瑙の居場所は言えんのか?」 
『はい、それは問題ありません。今はメインキャビンにいらっしゃいます』
「そっか、わかった」
 えみちの居場所は秘密でも、自分の居場所はそうじゃないのなら、既にえみちをどこかに閉じ込めた後なのだろうか。それとも、えみちを隠しているのは、瑪瑙ではなく、あの社長秘書なのかもしれない。
 青はいずれにしろ、まずは瑪瑙に問い質してみよう、と思った。できれば、真珠には会わずにいたい。
「じゃあ、翡翠。お前もちゃんと探してろよ」
「うん」
 子供みたいに頷く翡翠を残し、青はメインキャビンに向かった。  
 瑪瑙は、メインキャビンの三人掛けのソファの中央に座り、足をローテーブルに乗せ、かるく重ね合わせていた。片手には、藍色の表紙のブックフィルム。テーブルの上には、ストローを差した白いカップ。
 完全な寛ぎの体勢の瑪瑙を発見すると、青は単刀直入に訊ねた。
「えみちはどこだ?」  
 瑪瑙は、読んでいたブックフィルムから顔をあげると、面白がるように目を細めた。
「どうして、それを私に聞くんだ?」
「お前、しょっちゅう、あいつをどっかに閉じ込めたりしてるじゃねェか。今度はどこにやったんだよ」
「えみちがいないのか?」
「いないから聞いてんだよ。正直に言え」  
 実際、瑪瑙が犯人だという確率は七十%くらいだと思っていたが、知ってるはずだと言う内に、百%瑪瑙が犯人のような気分になってきた。わざとらしくとぼけているような態度が、怪しすぎる。




 
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