「いや、嫌いとかそんなんじゃなくて。ただ、なんつーか……」
しどろもどろの青に、真珠が嬉しそうに言った。
「じゃあ、ご一緒に」
「えみちも一緒に映りたいって言ってるよ?」
「いいじゃないか、ビデオくらい。映ってやりなよ」
翡翠、瑪瑙と三人に続けざまに言われは、さすがに分が悪い。
「な、なんだよ、よってたかって」
「映ってやりな。えみちがかわいそうだろ」
いつも一番酷いことをしてる張本人のくせに、瑪瑙がさも同情したふりをする。それに突っ込むこと
すらできず、青はやけになって吐き捨てた。
「わかったよ! 映ればいいんだろ、映ればっ」
「はーい、じゃあえみちを持ってくださーい」
気の変らぬ内にと、真珠がすかさずビデオを構える。青はため息を一つ、ソファに座り直した。
「せー、はい」
翡翠がえみちを乗せた両手を差しだす。青は、翡翠の手の上のえみちを、片手でそっと掴んだ。やわ
らかくて、あたたかくて、産毛のような細い毛に包まれたそれは、不思議な感覚を胸の内に呼び覚ます。その感覚をなんと呼べばいいのか、青にはわからないが、青に掴まれて、「にゅうっ」と嬉しそうに
鳴くえみちの笑顔を見ると、少しぐらい付き合ってやってもいいか、と思った。
青は、ちょっと照れくさそうに、えみちを手の上に乗せ、真珠の構えるビデオに向き直った。
「はい、笑ってくださーい」
「え、わ、笑うのか?」
「笑顔は大事ですよ? なにかコメントをどうぞ」
えらくぎこちない、ひきつったような笑顔を見せた青に、更なる注文が飛び、青は本格的に困惑した。旅の思い出とかいう個人的なビデオに、なにをどう言えばいいのか。真珠に対して言いたいことなら
、「タマと呼ぶな」だとか「今後はこの船を使うな」だとか色々あるが、それをビデオカメラに向かって言うのは躊躇われた。
「コメントって、なに言えってんだよ」
「えー……折角ですので、社長にメッセージでも」
その瞬間、青はこのミニ撮影会の意図を理解した。
「ふざけんなっ。最初っから社長に見せるために撮ってやがったんだな!? 旅の思い出とか言って、
計画してやがったのか!」
咄嗟にビデオの前から飛び退き、ソファの後ろに身を隠した時、
「にゅうっ!」
聞きなれたえみちの悲鳴に、青はハッとなった。興奮した瞬間、気づかない内にえみちを放りだして
しまったらしい。
床にバウンドして悲鳴をあげたえみちが、
「にゅうぅ」
と悲しげな呻き声をもらしている。
「あ、悪ィ」
「あーえみち……大丈夫?」
「かわいそうに」
ぼんやりと手を伸ばした翡翠も、あからさまに笑いながら言う瑪瑙も、本気で心配してるようには見
えない。いつも瑪瑙がしていることに比べたら、このくらい、どうってことないのかもしれないが。
そしてそんな時、えみちを助けてやるのは、殆どいつも青だ。この辺も、翡翠にもっと飼い主らしく
してほしいと思うところだった。
「悪ィ、大丈夫か?」
「にゅ」
えみちはちょっと頷いて、大丈夫だと言ったような気がした。翡翠の方を見やると、よかった、とい
う表情で微笑んでいたので、あながち間違いでもなかったのだろう。青はホッと胸を撫でおろした。
それから、改めて真珠に向き直ると、真珠は今の出来事も逐一撮影していたらしく、満足そうに青に
微笑んだ。
「いい画が撮れましたよ」
「お、前なぁ」
「だから、仮にも社長秘書だって言ってるだろ」
と、いちいち指摘してくる瑪瑙を睨みつけ、
「んなもん、この際関係ねェよっ」
青は声を張り上げた。その手の中で、えみちがちょっと驚いたように身を竦める。
「とにかく、俺はもう知らねェからな。支社まで運ぶのは、仕方ねェのかもしんねェけど、だからって
、到着までずっと付き合う義理はねェだろ。ビデオでもなんでも、撮りたきゃ勝手に撮れよ。けど、俺
はもう付き合わねェからなっ!」
一気にそこまで言い募ると、青はえみちを翡翠の手に預け、足早にメインキャビンを後にした。
えみちを受け取った翡翠は、青の剣幕に不思議そうに首を傾げ、瑪瑙と真珠は顔を見合わせた。
「怒らせちゃったみたいですね」
悪びれたふうもなく真珠が言えば、瑪瑙も平然と肩を竦める。
「ま、その辺ウロつけば落ち着くさ」
えみちだけが、少し寂しそうに、小さくにゅうぅと鳴いた。
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アンゲロス・ステーションが、四二〇〇キロ彼方にあった。
ブリッジのメインスクリーンには既に、標準的なドーナツ型をしたステーションの姿が拡大されて映
っている。ステーション周辺には、放射線状にドッキング用のチューブが繋がれ、今もいくつかの船がドッキングされているのが見えた。
ステーションへの誘導ビーコンを捕捉したアンバーが、それを告げた時、青は心の底からの安堵の吐息をもらした。
やっと。
やっと、真珠のビデオ攻勢から逃れられる。
もう付き合っていられないと、最初にキャビンを逃げ出してからも、食事をとりにきた時や、トレー
ニングルームで体を動かしてる時など、隙あらば撮影しようと真珠がウロついていて、心安らぐ暇がなかった。
そう、それに。
と、青は嫌な記憶を蘇らせた。
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