『お話中失礼します。出発の準備が整いました。発進しますか?』
「ちょっと待て」
出発の準備ができたということは、既にその謎の荷物が貨物室に運び込まれたということだろうか。
ついさっきまで到着していなかったにしては、随分早い。
見に行った方がいいだろうか。いや、近づくとヤバい代物かもしれない。
とにかく、青は、実際になにを運ぶのか確かめてからじゃなければ、出発なんかできるものかと思っ
た。
「瑪瑙、結局なに運ぶんだよ!」
「聞かなくても、すぐにわかるのにな。ほら」
薄笑いの瑪瑙に促されて、青がブリッジの入口を振り返ると、丁度ドアがスライドして開くところだ
った。
「お待たせして、すいませんでしたね」
非の打ち所がない、完璧な営業スマイル。
眩しいほどの笑顔で現れたのは、つい一時間程前に別れた社長秘書、真珠だった。
「……」
声を失って凍りつく青を楽しそうに横目で見やり、瑪瑙が珍しく積極的に相手まで歩みよった。
「いいんですよ、お忙しい身ですからね。もう出発しても構いませんか?」
「はい。すいません、どうぞ出発してください」
瑪瑙は真珠に頷き、メインスクリーンを振り返って言った。
「アンバー、出発だ」
『わかりました』
アンバーが答えると共に、船がかすかな振動を始める。その振動に、青はようやく我に返った。
「ちょ、ちょっと待てよっ! なんで! なんで真珠がいるんだよっ!」
嫌だ。こんな状況は信じたくない。
飛び上がって叫ぶ青に、瑪瑙が冷ややかな口調で言った。
「社長秘書を呼び捨てにするな。今回お運びするのが真珠様なんだよ」
言い方は冷たいが、その目は思いっきり笑っている。しかも、真珠様だなんて、普段自分も使ったこ
とないくせに。
「そうなんですよ、よろしくお願いしますね。タマさん」
「たっ、タマって言うなよ……」
真珠がそんな言い方をするから、社長までもが「タマ」と呼ぶし、おまけに「タマ」だからってネコ
の着ぐるみを……
(うわぁっ! やべェ、やなこと思い出すとこだった!)
慌てて過去の記憶を振り払い、現実に目を向けようとするものの、現実も、目を背けたくなるような
ものだった。
(どうすんだよ、これ)
途方に暮れても、青にはどうすることもできない。だが、この社長秘書は本当に苦手だ。辛うじて、「タマと言うな」とだけは言ったが、後に言葉が続かない。
衝撃と動揺で、どうしていい
かわからない青に、瑪瑙がひどく楽しげに言った。
「とにかく、さっさと席についた方がいいんじゃないか? 壁にぶつかって潰されても、私は別に構わ
ないけどね」
「じゃあ、僕もどこかに座らせてもらいましょうか」
と、これまた青が相当なショックを受けていることなど気にもしていない、いや、気づいて敢えて無
視することで楽しんでいるらしい真珠が、ブリッジ内を見回した。
「ああ、じゃあ、そこの副操縦士席にどうぞ」
「いいんですか? じゃ、使わせもらいますね」
「タマ、お前も早く」
「だから、タマって言うんじゃねェ」
条件反射になっているセリフを返し、青は無意識に自分の定位置に腰をおろし、固定ベルトを締めた。
真珠が副操縦士席、瑪瑙が通信士席にそれぞれ体を固定すると、一人(と一匹)で個室にいる翡翠も
姿勢を固定させたのを船内カメラで確認し、アンバーは、宙港の離発着台から「琥珀」をなめらかに離
床させた。
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(くそっ)
心の中で毒づいて、青は目の前の人物に目をやった。あまり露骨に不機嫌な顔をしないように、と思
っていたが、それが成功していたとは言い難い。
「それで、なんでこの船で支社まで行くんだ……ですか」
宇宙にでて船の姿勢が安定すると、青達はブリッジをでて、メインキャビンに集まった。
メインキャビンには浅黄色の応接セットがある。青は一人掛けのソファの一つに座っていた。隣には
、一応挨拶をしないと、ということで、翡翠も呼ばれて座っている。もちろん、その手の中には、大勢
に囲まれて嬉しいのか、やけにニコニコして上機嫌なえみちがいた。
青の前の、三人掛けのゆったりしたソファには真珠が座り、瑪瑙は青のソファの肘掛に浅く腰を掛け
ていた。その位置だと、より一層見下ろされてる感が強い。やめろと言いたいが、言えば絶対にやめな
いのはわかっている。青は、自分はそんなこと全然気にしてないもんね。という態度を通すことに決め
た。
青の付け足しのような敬語遣いの問いに、真珠はいつもの笑顔で答える。
「ちょっと視察に行くことになりまして」
「会社の仕事だよな? 会社で船だしてもらえばいいんじゃねェ……いや、ないですか」
「抜き打ちの視察なんですよ。専用の船なんか使っちゃったら、秘密にできないでしょう?」
「けど、あんたがいなくなったら、それだってすぐバレるだろ? 本社の誰かから話が伝わるかもしれ
ねェし」
「珍しくよく考えてるな」
ボソリと瑪瑙が口を挟む。
それは、なんとか真珠がこの船に乗る理由をなくすか、自分でも納得のいく答えが欲しかったから、
青も必死だった。今更降りてもらうのは不可能だろうが、今後も頻繁に使われるのだけは勘弁してほし
い。
だから、瑪瑙の嫌味も我慢して、青は真珠の答えを待った。敬語のことは、途中から忘れたようだ。
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