ひよこマーク  
 

そのに
 
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「私も、今から楽しみですよ」
 瑠璃との再戦は、青も楽しみだと思った。だが、ニコニコ顔の真珠と、その傍らで意味ありげに目を細めて笑う瑪瑙を見やった青は、自分も楽しみだという言葉を呑みこんだ。むしろ、途端に嫌ぁな気分になってくる。なんだか、いいように遊ばれて る、見世物か玩具になったような気分だった。
「まぁ、またな」
 ぎこちなく瑠璃に笑いかけ、青は言った。
「とにかく、これで終わりなんだろ。メンテナンスもあらかた済んだろうし、もう戻るか」
「え、もう帰っちゃうの?」
 ビックリしたように瑠璃が言い、真珠がにこやかに誘った。 
「せっかく久しぶりにいらしたんですから、少しゆっくりしてらしたらどうです? なんでしたら、カフェで飲み物で もご馳走しますよ」
「いや、俺は」
 断りかけた青を遮って、瑪瑙が気味が悪いくらい愛想のいい声で言った。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「よかった。それじゃ、行きましょうか」
 輝くような営業スマイルで真珠が促し、早速、瑪瑙と連れだって武道場出口へと向かう。
「あたし、運動したから喉乾いちゃった」
 仕事中だということはすっかり忘れているのか、当たり前のように瑠璃が歩きだし、なにも考えていない翡翠が、釣 られたように後に続く。
「いや、だから俺は……」
「なにやってんのー? 早くおいでよ」
 振り向きざまに瑠璃が手招きしている。瑪瑙と翡翠は、振り向きもせずにスライドドアを抜けて、武道場を出て行っ た。
 青は一人立ち尽くし、行くべきか、行かざるべきか逡巡していた。 
 真珠は苦手だ。どうしたって、あの社長とオーバーラップして、思いだしたくもない過去の記憶を呼び覚ます。
 運動して喉がカラカラなのは青も同じだった。その上、本社のカフェには、船では飲めないような飲み物も数多く揃 えてあるし、最新流行の飲み物もいち早く取り入れていることが多い。それに興味がないといえば嘘になる。
 だが、それでも。
「いらっしゃらないんですか?」
 絶やさぬ微笑みを浮かべて、ドアの手前で尋ねる真珠とは、できる限り一緒にいたくはない。青は悩み、
「じゃあ、ちょっとだけ」
 ほんの一杯、喉の渇きを癒したら、自分だけでも船に戻ろうと決めた。
 たとえ、誰がなんと言おうとも。


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 自らの決意の通り、まだ少し話をしていくという瑪瑙達より先に、一人で「琥珀」に戻ってきた青は、今回のメンテナンス結果を満足そうに報告するアンバーの声に耳を傾けていた。  
 アンバーは、最新設備でのメンテナンスを受けられ、ひどく上機嫌なようだった。  
 人工知能とはいえ、かなりの高性能。喜怒哀楽の表現は、なかなかのものになってきている。  
 アンバーが満足している様子に、青は自分まで嬉しくなってきた。  
 本社には、できる限り近寄りたくはなかったし、会いたくなかった人物の一人とはまんまと会ってしまった。その上、なんの因果か、いつの間にやら「えみち争奪戦」なるものに参加させられるし、たった一杯を付き合う間も、瑠璃のデスクワークへの愚痴やら、真珠の怪しげな噂話を聞かされ、事あるごとに瑪瑙に突っ込みをいれて、すっかり精神的に疲れてしまった。
 今もあの四人と一匹は、会社の地下にあるカフェで、飽きずに話をしているのだろうか。自分一人逃れてこれたことに、今更ながらホッと胸を撫で下ろす青だった。  
 そんなふうに、よくない点も多々あったが、悪いことばかりじゃなかったかもしれないと思う。  
 アンバーがこんなに喜んでくれたし、久しぶりに体を動かして、汗をかいて、スッキリしたのも事実だ。
(プラマイゼロってとこかな)  
 そう結論づけたのは、少々、時期尚早だったのかもしれない。  


 青が戻って一時間後、ようやく瑪瑙と翡翠が帰ってきた。  
 「琥珀」の発進準備は既に万端。すぐにも飛び立てる、はずだった。なのに、
「なんで、いつまでも出発しねェんだよ」  
 青は、苛々と操縦席のコンソールを指で叩いた。
『申し訳ございません。出発の準備が整っていないものですから』  
 中央スピーカーからのアンバーのやわらかな声に続いて、通信士席から聞こえた瑪瑙の言葉に、青は訝しげに眉をひそめた。
「荷物がな、まだなんだよ」
「なんだよ。こっからもう仕事か? 俺、聞いてねェぞ」
「ああ、私が直接受けたからね」
「お前が?」  
 なんだろう。それだけで急に嫌な予感がする。  
 不審も露わに振り返った青に、瑪瑙は薄く微笑み、それがまた更に嫌な感じだと思った。
「なにか文句でもあるのか?」
「文句っつーか……なにを、どこに運ぶんだ?」
「すぐ近くだよ。アンゲロス支社までだからね」
「で、なにを?」
「すぐ、わかるよ」  
 笑顔。  
 ハッキリ答えないところが、益々嫌な予感をかきたてる。まさか、触ると爆発するとか、病気になるとか、そういうヤバいものだったりするのだろうか。青なら絶対に引き受けないが、瑪瑙なら青への嫌がらせという理由だけでも、敢えて引き受けかねない。
「なんだよ、なに運ぶんだよ。ハッキリ言えよ」  
 青が瑪瑙を睨みつけた時、アンバーがためらいがちに口を挟んだ。





 
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