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人はそれを、「運命の出会い」と呼ぶのかもしれない。
社長室のデスクに置かれたモニターの前で、銀河ぴよぴよ運輸社長、顔はいいがセンスに問題アリな黒曜は、整った
相貌に驚愕を走らせた。
普段、あまり表情を動かすことのない黒曜にしては、それは大きな表情の変化だった。社長秘書の真珠がいたら、喜
びに小躍りしていただろう。無表情な社長の、微妙な表情の変化を読むことを趣味とし、あらゆる手段を使って、喜怒
哀楽を表わさせることを生甲斐にしている真珠だった。
だがここには、真珠にとっては残念ながら、黒曜にとっては幸いなことに、黒曜の他に誰もいない。黒曜はその身を
貫いた衝撃に、わずかに身震いし、食い入るようにモニターを見つめた。
似たような体型の二人が、トレーニングルーム内の一画にある、板張りの武道場で対峙している。
ひよこイエローの制服の上着を脱いで、黒地に白いドクロマークが印刷されたTシャツ姿になった青と、青いチャイ
ナワンピースの下に、白い膝下のスパッツを履いた姿の瑠璃だ。
二人の間に、審判役を務めることにしたらしい瑪瑙が立ち、壁際には、「賞品」のえみちを両手に乗せた翡翠と絶え
間なく笑顔を振りまいている真珠がいた。どうやらこの時間を貸切にしたらしく、強化ガラスで隔てられたプールやジ
ムに人影はない。
いや、一つだけ。上司に、瑠璃の様子を見てくるように、と言われたことを大義名分にして、単なる趣味の覗きに没
入しているラスティの姿が、ジムのランニングマシーンの並ぶ物影にあった。
瑪瑙の合図で、瑠璃がまっしぐらに青に突っ込んでいく。青は半身に避けて、すかさず背中に肘打ちを繰りだす。瑠
璃は大きく体を捻って、それを逃れた。
円を描くような青の動きに対し、瑠璃は斬りつけるような直線的な動きが多かった。だが、どちらが優勢ということ
もなく、力は拮抗しているようだ。
勝負の間、天井に埋め込まれた監視カメラは、時折壁際のギャラリーをも映しだした。
その度に、黒曜の顔に微妙な表情が、ほんのわずかよぎる。長年の習性なのか、そこには誰もいないのに、誰かの視
線を気にして、無理に感情を抑えつけているように見えた。
視線の先には、えみち。
翡翠の手の上で、にゅうっと目を細めたり、笑ったり、目の前で繰り広げられる勝負の意味をわかっているのか、様
々表情を見せている。それを「かわいい」と思っているのか、「気持ち悪い」と思っているのか、その容貌からは窺い
しれない。
やがて、瑪瑙が「そこまで」と告げた時、武道場に膝をついていたのは、瑠璃だった。だが、青も肩で大きく息をし
、ようやく立っている状態のようだ。
そしてモニター越しにその様子を見つめていた黒曜も、長く深い吐息をつき、静かに目を閉じた。
その瞼の裏には、今もピンクの物体が強く焼き付いているのかもしれない。
「勝負あったな。タマの勝ちだ」
瑪瑙の宣言に嫌な顔をしたのは、勝者の青の方だった。
「……タマって、呼ぶんじゃ、ねェ」
息を切らしながら、横眼で瑪瑙を睨みつける。瑪瑙は、青の言葉など聞こえていないように、目を細めて笑った。
「よかったな。えみちは、お前のものだよ」
「ふざけやがって」
青が苦々しげに呟いた。
自分のものだと言われても、あげたり貰ったり、勝手にできるわけがないだろうに、と思う。相手は仮にも意思のあ
る生き物なのだし、翡翠のように会話ができるわけでもない。愛もない。ちょっと面白いかも、とは思っているが、翡
翠から譲り受けるなんて、本気でそんなことするのは無理に決まっている。無理じゃなかったら貰うのか、と問われれ
ば、青はやっぱり断るだろう。面白いし、かわいいと思わないでもないでもないが、やっぱりどこか得体の知れない生
き物なのは確かで、青は少々、臆病者なのだった。
片膝をついて、負けを宣告された瑠璃は、やけにスッキリした表情で立ち上がった。
「あーあ、負けちゃった」
と言う声も、明るい。
「けどお前、前より強くなったんじゃねェか?」
前回対戦した時よりも手こずったと言う青に、瑠璃はへへへ、と嬉しそうに笑った。
「まぁね。今度はあたしが勝つよ、絶対」
「次も返り討ちだっての」
「それはわかんないよー? ま、楽しみにしててよ」
晴れ晴れとした顔で笑う瑠璃は、デスクワークのストレスをすっかり発散しきったようだった。それが建前的な目的
だった真珠も、満足そうにニコニコ笑っている。
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