ひよこマーク  
 

そのに
 
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 瑠璃を追って、社内を小走りに駆けていくラスティ・フラウは、『黒曜様FC』と『禁断の社長室FC』を掛け持ちする、超ビジュアル重視の二十一歳。銀河ぴよぴよ運輸に入社して、三年と四か月。瑠璃の暴走を見るのは、これで六回目だった。
 普段は、明るくて、裏表がなくて、かわいい(ただし、胸はない)瑠璃のことは、年下だが、大好きな上司だと思っているのだが、実は武闘派でもある瑠璃が暴れだした時だけは、ちょっと苦手だった。この癖さえなければ、と思っているのは、彼女だけではない。
 会社の上の方も、こうなることがわかっているのだから、瑠璃の希望通り、外回りにだしてあげればいいのに、と思う。こんな暴走を何度繰り返しても、それでも瑠璃を社内に留めておかなければいけない理由が、なにかあるのだろうか。
 既に、瑠璃の姿はどこにも見えない。だが、近くの社員に尋ねれば、誰もがすぐに指さして教えてくれた。階段があれば、耳を澄まし、その物音で行先を決める。
 ラスティは、確実に瑠璃を追い、先を急いだ。
 瑠璃追跡から二十分ほど経った頃だろうか。ほんの二、三分くらい前から、瑠璃の暴れる気配がふいに途絶え、ラスティは彼女になにかあったのだろうかと、不安に思っていたところだった。
 唐突に、曲がり角の向こうに瑠璃の姿を捉え、ラスティは足を止めた。反射的に身を潜めたのは、その場の状況を壊したくない、と、心よりも先に体が反応したのかもしれない。
 会社に隣接する宇宙港からの直通通路の前に、青いチャイナワンピース姿の瑠璃が、こちらに背を向けて立っている。そして瑠璃の前にいるのは、瑪瑙(メノウ)、翡翠(ヒスイ)、青玉(セイギョク)の三人。瑪瑙と翡翠は、深い真夜中の色をした制服を身につけ、青一人が、子供番組の衣装みたいなひよこイエローの制服を着ている。
(きゃー! やったー!)
 ラスティは内心、喝采を叫んだ。
 社長から宝石名を賜った、通称イッシー。その呼び名はどうなんだ
ということはさておき、配送チーム全員がイッシーという、異例のチームの面々が、そこにいた。ビジュアル派を自認するラスティにとって、この状況は、正に天からの恵みだった。
 ラスティはさり気なく近づき、数メートル手前にある掲示コーナーの前に、さも用事ありげに立ち止まった。
 そこでこっそりと様子を窺うことに、他意はない。部長に、瑠璃の様子を見に行ってくれと頼まれたから、暫く見守ることにしただけだ。
 と、大義名分を心の中で呟き、四人の会話に耳を澄ました。
「で、なに慌ててるんだ、じゃない、ですか」
 とってつけたような敬語で尋ねているのは、青。
「慌ててるとか、そんなんじゃなくて、だからっ」
 もどかしげに首を振る瑠璃は、今にも暴れだしそうだ。その雰囲気を察してか、青と瑪瑙が一瞬、顔を見合わせる。ただ翡翠だけが、その場の空気がまるで読めないのか、読む気すらないのか、やわらかな微笑みをうかべて佇んでいた。
 その時、ラスティの背後を白い影が通り過ぎ、反射的に目で追ったラスティは、思わず息を呑んだ。
(……嘘)
 月の光で咲く花のような髪の色。会社指定の制服よりも装飾が多く、素材も高級そうな純白の特注制服。
 間違えようがない。社長秘書の真珠だった。
(すごい。どうしよう)
 ラスティは信じ難い眺めに、掲示コーナーに用のある一社員というポーズも忘れ、呆然と見とれた。
 真珠は、顔を見なくてもその笑顔が目に見えるような、明るい声で四人に歩み寄っていった。
「これはこれは、皆さんお揃いのようですね」
「げ」
 露骨に嫌そうに呻いた青に、真珠は満面の笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
「こ、こんなとこでなにしてんだ?」
 動揺のあまり、青は敬語を使うことすら忘れたようだ。
「この場を収めて差し上げようかと思いまして」
「は?」
 訳が分からないと眉をひそめる青から、まだ苛立ちを消せずにいる瑠璃に、その輝かんばかりの笑顔を向けて、真珠が尋ねた。
「瑠璃さん、去年の武術大会で惜しくも準決勝で敗退した時のお相手って、どなたでしたっけ?」
「……青」
 不貞腐れた顔で、瑠璃が青を指差した。
「そうでしたね。ところで、丁度今、トレーニングルームが空いてるんですが、ストレス解消がてら、リベンジするっていうのはどうですか? 折角、ここで顔を合わせたんですし」
 全開の営業スマイルの提案に、瑠璃はちょっと心動かされたようだ。
「いいの?」
 期待に満ちた眼差しを真珠に向ける。青は、慌てた。
「ちょ、ちょ、なんだよそれ」
 本人の許可もなしに勝手に決めるな。
 言いかけた青を、瑪瑙が問答無用で遮った。
「普通に勝負しても面白くない。勝った方が「えみち」を貰える争奪戦にしようか」
「ちょっと待て!」
「えー? せー、絶対勝ってね」
 切なそうな顔で懇願する翡翠を、青は呆れて怒鳴りつけた。
「違うだろっ! もともとお前のモンなんだから、勝手に賞品にされて、大人しく納得すんなよっ」
「そうなの?」
「そうなの? じゃ、ねェだろぉぉっ!」
 どうしてこいつはこうなんだと、頭を抱える青の隣で、瑪瑙は、真珠と瑠璃を相手にサクサクと話を進めた。






 
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