『皆さん、ご無事ですか?』
「今のところね」
「大丈夫だ」
「うん、平気」
アンバーの問いかけに、三者三様に答えるのを聞いてから、アンバーは船体と同じ色のアームを伸ばし、三人を包んだ光の繭を掴んだ。
しっかりと掴んだアームを確認すると、青はようやく、飛び出してきたコロニーを振り返った。
白いドーナツ型のコロニー。なんの変哲のないそのコロニーが、今、とめどなく溢れだすピンク色に染められていた。
いつまでもいつまでも続くかと思われたピンク色の流れ。
「あ……消えて、く?」
青は呆然と呟いた。
「なに?」
と、瑪瑙も身体を捻り、青と同じものを見た。
最初は、目の錯覚かと思った。
永遠の夜へと流れ落ちていく無数のえみちが、その先端からサラサラと砂のように消えていく。瞬間のきらめきを残し、原子へと還っていく。
やがて、全てのえみちが、ダイヤモンドダストのようにきらめきながら、夜へと消えた。
まるで、なにもかもが幻だったみたいに。
そこには、漆黒の宇宙と、遮るものがなく、ビスの一つ一つが鮮明に見える白いコロニーだけが残された。内部では大騒ぎになっているのだろうが、宇宙はとても静かだ。
青と瑪瑙、それから、二人の視線にやっと気づいてそれを追った翡翠は、アンバーの船外作業用アームで捕獲ネットごと運ばれながらその光景を眺めていた。
『ハッチを開放します』
耳元でアンバーが囁くのも気づかず、アームにデッキまで運ばれながら、最後のえみちが消えていくのを見守っていた。
音のない宇宙に、えみちの鳴き声が、遠く、聞こえた気がした。
外部ハッチの増圧が完了し、琥珀色のヘルメットをようやく外せるようになると、青は一際大きく息をついた。
「ったく、ひでェ目に合ったなぁ」
「あれで、あのバカ息子が死んでくれてたらいいんだけどね」
「追いかけてはきてないみてェだけど。それはないような気がすんなぁ……」
ため息まじりに青が言った時、ヘルメットを外すと同時にポケットというポケットを探っていた翡翠が顔をあげた。
「ねぇ、えみちは?」
「え、だって見ただろ?」
きらめく粒子になって、宇宙へと飲まれて消えたのを。
「いっぱいいたのは見たけど。ぼくのえみちは?」
青の言葉にも、翡翠はただ首を振り、どこか泣きだしそうな顔で言った。
「お前のって……」
「最初にいた、いわばコアのえみちのことか。一緒に消えたんじゃなければ、あの孔の中、かな」
「じゃあ、取りに行かなきゃ」
正気か? と、青は目を剥いた。
「取りに!? 冗談だろ、今度はマジで殺されるぞ」
「でも……」
「にゅう」
ふと、耳元にあの鳴き声が聞こえた気がして、青は両手で耳を塞いだ。
「ホラ、お前がんなこと言うから、空耳までしたぞ」
「空耳? 私も聞こえた」
ポツリと瑪瑙が呟き、青は「え?」と眉をひそめた。
「こ、怖いこと言うなよ。だって、全部消えたじゃんか」
幽霊とかそういうの、信じてはいないけど。
「えみち? えみち、どこ?」
と、翡翠は再び自分のポケットを探りだした。あれだけの大きさのものが入っていれば、その膨らみですぐにわかるはず。
だが、翡翠の制服のどこにも、えみちが入っていそうな不自然な膨らみはなかった。
やっぱり幻聴だったんだと、えみちがこの場にいるはずがないと、青が言いかけたその時、
また、聞こえた。
「にゅう」
青は、ぎゅっと眉根を寄せ、今の声の出所を探った。
「……なんか、上の方から聞こえた気がするぜ」
「上? 私は下から…… は!」
瑪瑙が突然声を張りあげ、青は訝しげに振り仰いだ。
見ると、瑪瑙は肩をふるわせ、声を殺して笑っている。
「なに笑ってんだよ、こんな時に」
「えみち、いないよ」
ひどく悲しげに報告する翡翠を、瑪瑙はくっくと笑いながら手招いた。
「翡翠」
「え?」
「そこだ」
「え、どこ?」
「どこだよ、どこにいんだ?」
瑪瑙が指差したその先で、えみちが「にゅう」と顔をだした。
「えみち!」
喜びに顔を輝かせた翡翠が手を伸ばしたのは、青の頭。高く立ち上げた(今はヘルメットに潰されて、ちょっと形が崩れているが、それでも根性で突き立てられている)青の栗色の髪の中から、えみちが笑いながら顔をだしている。
「えみち、無事だったんだね。よかった」
翡翠の両手にすくいあげられたえみちと翡翠は嬉しそうだ。瑪瑙は少し離れたところで、背を向けてまだ肩をふるわせている。青は、
「ふざけんな!」
一人、怒り狂った。
「なんで、俺の髪の中に入ってんだよ!」
青の剣幕に、えみちが怯えて身を竦める。
「せー、そんなに怒らないで。折角えみちが無事だったんだから……」
翡翠のトロンとした口調の懇願に、青は急に、自分が弱い者苛めでもしているような気分になった。
「……わかったよ、もういいよ。確かに無事でよかったよな」
青はため息をついた。
|