ひよこマーク  
 

そのいち
 
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(大体、二十幾つの男が、そんな思いっきり泣きそうな顔すんなよな)
 こっちが情けなくなってくる。
 だが、えみちを手に、無防備に喜ぶのを見ると、まぁ仕方ないか、とも思う。
 青は、崩れてしまった髪を手で整えながら、ブリッジまで戻ってアンバーと話すことにした。別に、船内のどこにいてもアンバーと話せるのだが、なんとなくブリッジで話すのが一番落ち着く。
 瑪瑙と翡翠は、なにも言わなくてもついてくる。瑪瑙は、青の行動なんてお見通しなんだろうし、翡翠は、なにも考えてないのだろう。
 そしてこんな時、アンバーもまた、ブリッジに着くまで声をかけてはこない。ハッチに収納された時に、『お帰りなさい。無事でよかった』と一言告げただけだ。特にそう命じたわけでもないのに、その微妙な気持ちを推測して黙っているのだとしたら、アンバーは思っている以上に優秀なAIなのだろう。ひょっとしたら、これが人間行動のシミュレーションの成果、なのかもしれない。


 それぞれの船室が並ぶ通路を抜け、メインキャビンにの先にあるブリッジに辿り着くと、青は心の底からの安堵の吐息をついた。
「なんか、マジでやっと戻ってきたって感じだよな」
『お帰りなさい』
「おう。んで、もう野郎のコロニーから離れてるんだよな?」
 尋ねながら、青は一番好きなスクリーン正面の操縦席に腰をおろした。
『はい、もちろんです』
 翡翠は通信席に座って、えみちと無事の再会をゆっくりと喜びあうことにしたようだ。
 そして瑪瑙は、青には大きすぎる操縦席の背もたれに手をかけ、永遠の夜を映すスクリーンを眺めながら、ところで、とアンバーに言った。
「今回の仕事について、会社からなにか言ってきたか? アンバー、私達の行方がわからなくなったことは報告したんだろ?」
『はい。そのことでしたら、先ほど無事を確認したと通信ビームを飛ばしたところですから、間もなく返答があると思いますよ』
「さすがに早いね」
『ありがとうございます。通信が入りました。お繋ぎしてよろしいですか?』
「いいよ、メインで頼む」
 瑪瑙の許可を得て、メインスクリーン中央に、見慣れた少女の笑顔が映しだされた。
『無事だったんだね、よかった~』
 業務課長の瑠璃だった。馴染みの顔を見て、青は思わず怒りを爆発させた。
「なんだよ、あれ! あいつじゃねェかっ! ちゃんとチェックしたのかよっ」
『ごめん。チェックはしたんだけど、し足りなかったみたい。これからはもっと厳重にチェックするから。ほんとにごめんね』
「う。まぁ、わかってくれりゃ、いいけど」
 やけに素直に謝られて、青はごにょごにょと口の中で呟いた。
 普段結構短気な瑠璃が、こうも神妙な態度を取るってことは、よっぽど悪かったと思っているのだろう。
 と、すっかり勢いをなくした青に代わって、瑪瑙が、そんなことより、と身体を乗り出した。
「今回の仕事にかかった諸経費は、会社側負担ってことでいいんですよね?」
『あー……えっと、うん、それなんだけど。ほら、仕事の依頼があったのは確かだし、でも受取り、貰ってはこれなかったよね? そうすると、経理の方がうるさいんだよね』
「そもそも、その依頼自体が罠だったのに? 実際、届け先にいたのはロボットです。架空の相手との取引は無効では?」
『うーん、まぁ、ね。でも依頼は残ってるわけだし』
「その依頼内容をチェックした記録と担当責任者は誰です?」
『あー……うー、わかった。その件に関する責任追及はこっちでちゃんとするよ。費用も、オッケー、こっちでだす。でも報酬まではムリだよ、さすがに。それでいい?』
 瑪瑙の、淡々とした冷ややかな口調と強い視線に気圧されたように瑠璃が言い、瑪瑙はそれなら、と表情をやわらげた。
「それなら、結構です」
 瑪瑙が身を引いたのを見て、瑠璃は明らかにホッとした表情を見せた。
『よかった。じゃ、そーゆーことで。あ、報告書だけは送ってね』
「わかりました」
 頷く瑪瑙を見て、青は、
(けどきっと、その報告書は俺に書かせるんだぜ、こいつ)
 とか思ったが、なにも言わなかった。
 大体、会社との交渉を瑪瑙がしたこと自体、珍しい。いっつも、翡翠とセットでただ突っ立ってるだけの瑪瑙が、こんなに積極的な態度を取るなんて奇跡に近い。
(こうやってうまいこと交渉できんなら、いつもやればいいのに、やんねェんだよなぁ。なんでだ?)
 と青が内心首を傾げてる間に、瑠璃は、
『じゃ、ほんとに無事でよかったよ。次回はオイシイ仕事、優先で回すからね。じゃあね』
 と言い残し、スクリーンから消えた。
 そして再びスクリーンには、永遠の夜の静寂だけが広がった。
 そのスクリーンを眺めながら青は、 この夜の彼方には、まだまだ知らないことがやまほど隠されているんだろうな、と、翡翠と言語と種族の違いを乗り越えて「にゅうにゅう」言っているえみちの声を背中で聞きながら、ふと思った。
 これからもたぶん、色んな発見や出会いが待っているに違いない。
(こいつらが一緒だと、ロクな出会いじゃねェと思うけど)
 ……まぁそれは、青が持って生まれた運命ってことで。




<了>

 
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