ひよこマーク  
 

そのいち
 
line decor
  HOME
line decor
   
 


「ご苦労」
「まァ、な。お前もな」
『皆さんご無事ですか? ハッチ部分にはいらっしゃるようですが』
「無事か? 翡翠はどうなんだ?」
「わかんねェ。全然、ピクリとも動かねェんだ」
「とりあえず、いつまでもここにへばりついているのは無理だ。力尽きて流される前に、出ていった方が無難だね」
「翡翠はどうすんだよ」
「なんとか連れていくしかないだろ? それとも、面倒だから置いていくか?」
「んなことできるわけねェだろっ」
「だったら、行こう」
 と、瑪瑙は翡翠の首の後ろに手を回した。
 シャボン玉のように透明の膜が広がり、膨れ、翡翠の頭部を覆って、琥珀色に変わった。
「開け方、わかるか?」
 流れてくるえみちに背を向けて、わずかな空間を確保しながら、開閉のための操作盤を手探りで探している瑪瑙に青が聞いた。
「どこのだって、そう変わらないだろ?」
 答えると同時に操作盤を探り当て、瑪瑙は操作パネルのカバーを外し、パネルスイッチの上で手袋をした指を躍らせた。 青はといえば、その間ずっと、操作の邪魔にならないように翡翠の身体を支え、ハッチにしがみついていた。
「……開くよ。アンバーいるか?」
『傍にいますよ』
「じゃ、行こうか」
 瑪瑙はそう言ってヒラヒラと片手を振り、青にハッチの開口部から離れるように促した。翡翠が飛ばされないように、二人で両脇から捕まえておくことは、暗黙の了解のようなものだった。
「……う、ん……」
「? 瑪瑙? お前今なんか変な声」
 ださなかったかと言いかけた時、アンバーが安堵を声に滲ませて告げた。
『瑪瑙、青、翡翠が気づいたようです』
「え、マジ?」
 言われて、片手で抱えた(抱えるというより、青が翡翠を着ている、ようにも見えるけれど)翡翠に目をやれば、かすかにその長い睫毛がふるえ、唇が薄く開いたような気がした。
「おい、翡翠」
 と、いきなり、
「ふわぁぁぁぁぁ」
 ぐん、と背を反らして伸びをしようとする翡翠に、青は慌てた。
「うわ、バカ、動くなよ」
 大人しくしているからこそ、やっと支えていられるのに、下手に動かれたらそれもままならない。
「んー? あ、れ? すごいね、えみちがいっぱいいる」
 気づいた途端、クリィーミィな発言。 青は思わず力が抜けて、翡翠を離してしまいそうになった。
(この際、そっちのがいいのかもしれねェけど)
 とも、ちょっと思う。
「翡翠、ちょっと、聞け」
 自分の置かれた状況がまるでわかってない翡翠に、瑪瑙がそのヘルメットをかるくノックして注意を促した。
「え?」
「とりあえず質問は全部後にして、これからここにあるハッチから脱出するよ。外は宇宙空間だ。アンバーが近くにきているけど、バラバラに飛ばされた拾えなくなる可能性もある。だから、離れるな」
「……うん」
 琥珀色に透かしても、珍しく瑪瑙が真顔で言っていることが、翡翠にもわかったのだろう。翡翠は、大量のえみちたちを眺めるのをやめて、子供みたいに頷いた。横で見ていた青は、またしても翡翠の年齢を疑ったが、なにも言わなかった。
「私たちが両脇から掴んでいるけど、お前も私たちをちゃんと掴んでるんだ」
「わかった。こんな感じ?」
 と、両手を回して二人の腰に回す。青は、見た目なんだか「小荷物」みたいだった。
「いいよ。タマ、いいね?」
「タマじゃねェ。けど、準備はいいぜ」
「オーケイ。じゃ、開けるよ」
 瑪瑙が最後のパネルスイッチに触れる。

 ビーッ ビーッ

 緊急用ハッチの開閉を知らせる警報が鳴り響き、ハッチはガクン、と外にせりだした。
 そしてそのままスライドして開き……
「うわっ」
 途端、排水溝に吸い込まれていく水のように、減圧されてなかったコロニーの細く開いたハッチから、漆黒の宇宙へと空気が無数のえみちと共に吸いだされた。今までで一番激しい流れが身体を押し包む。
 ハッチはその後も少しずつ開いていき、完全に開ききる前に、青は身体が外へと強く引かれるに抗いきれず、えみちの奔流に押し流さた。
 青が引かれると同時に、しっかりと繋がった翡翠も瑪瑙も一緒に宇宙へと飛びだしていった。
「う、うわぁっ」
 青は、無数の恒星の一つに落ちていくような感覚を覚えて、翡翠を掴んだ右手に力を込めた。
「アンバー……!」
 あの恥ずかしい黄色の船体が見えない。
 近くにいるとは言っていたけど、そこまでコロニーの間近には来れなかったのだろう。 発着デッキはもっと別の場所なのだろうし、ハイファミリー占有コロニーに気安く近づくのは難しい。
 とはいえ、背中を突き飛ばされるような勢いで飛びだしてしまったから、そのスピードのまま夜へとぐんぐん落ちていく今、アンバーが見失うんじゃないか、見つけた頃にはヘルメット内部の緊急用酸素がなくなってるんじゃないか、とか、嫌なことばっかり考えてしまう。それも、アンバーの名前の余韻が消えないくらいのわずかな時間に。
『今。捉まえますよ』
 と、やわらかい、とてもとてもやわらかい蜘蛛の糸のような光の網が、フワリと三人を受け止めた。
 光の網はそのまま、伸びていくことで少しずつ慣性を殺して、やがて完全に包みこんで静止した。
 光の繭に包まれて宇宙にうかんでいる。
 それを意識した時、青は詰めていた息をホッと吐きだした。
 宇宙空間で荷物を捕獲するためのネットでアンバーが自分たちを捉まえてくれたことがわかると、青はそっと首だけで辺りを見回した。
 その目に、アンバーの姿が留まった。こんな状態だっていうのに、アンバーは相変わらずのふざけた黄色をしている。
 その当たり前さが、なんとなく嬉しかった。







 
    <<BACK  NEXT>>