姿の見えない瑪瑙の呟く声も聞こえて、青は今のが全員への同時通信だったことに気づく。
通信妨害されていたらしいあの部屋からでた途端に声をかけてきたということは、アンバーもずっと、こちらを探していたのだろう。普段なら、よほどの緊急事態なら別だが、青たちからのコールがなければ、アンバーの方から回線を開くことはあまりない。
(もしかして、結構心配してたのかもな)
相手がプログラミングで反応する人工知能だってことを忘れて、ちょっとグッときている青の耳に、どこにいるのかわからない瑪瑙の冷静な声が響く。その間もずっと、自分の周りで鳴いているのか、瑪瑙の側で鳴いているのか、途切れることなくえみちの鳴き声が聞こえていた。
「アンバー、私たち全員の現在位置をトレースできるか?」
『はい。既に信号は捕捉しています。皆さん七メートル以内にいらっしゃいますよ』
それなら、声は聞こえないが、翡翠もどこか近くにいるのだろう。青は少しホッとした。
「ここがどこかも、わかっているよな?」
『はい。ティネルソン家の私設コロニーの西方通路です。何故、そんなところにいらっしゃるんですか?』
「決まってる。あのバカ息子だ」
『時速二十五㌔で移動中のようですが、それは脱出できたということでしょうか』
「今の状況を正確に説明するのは難しいね。それは後にして、ここの地図は手に入るか?」
『少しお時間をいただければ』
「できるだけ早くしてくれ。自分たちの意志で移動してるわけじゃないし、どこかの行き止まりで圧死なんてのは、遠慮したいからね」
『なにが起こっているんです?』
「えみちだよ!」
青は耐えかねて、思わず口を挟んだ。
耳元でずっとえみちたちは「にゅうにゅう」喧しいし、悠長に話していて、瑪瑙は今言ったように「圧死」なんて、本気で冗談じゃない。
『えみち……さきほどから声は聞こえていますが……一匹じゃないようですね』
「すげーいっぱいいんだよっ! で、そいつらに押し流されてるんだよ、俺ら!」
「ま、細かいことはともかく。どこか脱出できそうな場所はないのか?」
『はい。ああ、そうですね、五百メートル前方に緊急ハッチがあります。私も全速でそちらに向かっていますから、そこから出られるのなら、外で皆さんを捕捉しましょう』
「外って、おい、ここ宇宙コロニーなんだろ! 恒星は! 殺す気か?」
宇宙服も身につけずに宇宙空間に放りだされたら、数秒で血液が沸騰して死んでしまう。そんなの、子供だって知っているのに、アンバーが知らないわけがない。
(自分は機械だから大丈夫って、まさかそーゆーこっちゃねェだろうな!?)
ちょっと不信感の芽生えた青は、
『そちらを過ぎるとエンジンルームです。エンジンルーム付近に近づくとセキュリティに引っかかって、私の口からは言えないことに……』
(言えないことってなんだよ! やな言い方しやがって……!)
アンバーの言葉に、眉をひそめた。
「それしか方法がないのなら、そうするしかなさそうだね」
ちょっとため息をついて、瑪瑙は覚悟を決めたようだった。だが、青に覚悟なんてない。
「瑪瑙!?」
「数分なら持つだろう?」
「息止めてたって死ぬだろーが、そんなん!」
「……バカだね、タマ」
呆れたようなため息まじりの声が届く。
「だれがタマだよっ! って、だれがバカだ、てめェっ」
「お前」
即答。
「なんだと、てめっ」
青は拳を握りしめ、近くにいるはずの瑪瑙を目で探した。
だが、目の前はクラクラするようなピンク一色。隙間はあるから息はできるけれど、なんだか息苦しい。
一瞬、一匹のえみちと目が合う。思わず照れたように頬を赤らめるえみちに、気持ちが挫けそうだ。
そして、瑪瑙の冷静な言葉に、青は本気で挫けた。
「なんのために制服を着てるんだ? お前の首の後ろについてるのは、なんだ?」
「あ」
(お、俺って……アホかも)
ガックリとうなだれ、青は自分の制服の襟に手を伸ばした。
後ろ襟にあるスイッチは、気密性のあるバブルヘルメットを膨らませるためのもの。そのあんまりなひよこイエローの制服は好きじゃないけど、性能については立派なものだと思っていたのに、それを忘れてたんじゃ意味がない。
(んなこと、すっかり忘れてたぜ)
声にださないまでも、青がなにを考えてるのくらいはわかるのだろう。瑪瑙の声は、少し笑いを含んでいた。
「納得してもらえたようでよかったよ。とりあえず準備をしてハッチ側に寄っておこうか。アンバー?」
『はい。進行方向を北と仮定しまして、西側の壁面です』
「と、いうこと。壁に手がつくまで近づいて、うまくハッチの扉に掴まろう。二人とも、わかったか?」
青はヘルメットのスイッチを入れながら、自分の位置についてちょっと考えこんだ。今は、進行方向につま先を向けて、斜めになって流されている。
(ってことは、頭が南だろ。んで、東は右手か。こっちだな)
身体を捻り、右手方向にえみちを掻き分け進みつつ、青は自信たっぷりの返事を送った。
バブル式のヘルメットは膜のように広がって、今は完全に球形をとっている。お陰で、少し呼吸が楽になった。
「オッケー、完璧だぜ。今そっちに向かってるとこ」
「翡翠?」
と、訝しげに、瑪瑙の声が翡翠を呼ぶのを聞いた。そういえば、翡翠からの応答は一度もない。普段から口数の多い方じゃないから、あまり気にしていなかったが、いくらなんでも全然っていうのはおかしい。近くにはいるらしいが、まさか、気でも失っているのだろうか。
「おい、翡翠? 返事しろよ!」
急に不安になって、我知らず声が大きくなってしまう。
「アンバー、翡翠はいるんだろう?」
『発信機の反応は、青の三メートル後方にありますが』
「俺の?」
「タマ、お前ちょっと様子を見てこい」
「だからタマって言うんじゃねェっ! こん中で見てこいだ? ムチャ言いやがって」
こんな、「にゅうにゅう」喧しいピンク色の洪水の中。掻き分けて進むだけでも大変なのに。
それでも、なんの反応もない翡翠が心配なのは確かだ。
青は不満の声をあげながらも、なんとか身体を反転させ、流れに逆らうように泳ぎだした。
『瑪瑙、間もなくハッチです』
「わたしは大丈夫だよ。それよりタマ、急げ」
「タマ言うなってんだよ。わかってるよ。けど、どこだかわかんねェよ、こんなんじゃ。くそ、翡翠、返事しろよ!」
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