「それで? お前がその脳味噌あったまった言動について反省する日は、いつくるんだろうね。反省するような頭もないから、無理な相談ってものかな」
思いっきり馬鹿にした口調。チラッと瑪瑙の顔色を窺った青は、少し驚いた。
瑪瑙は、青曰く「外道で鬼畜でサド」だが、本気でこんな目をすることはあまりない。
優しい言葉で冷たい対応。甘い口調で激辛な言動。を、とっていても、いつだって、目の奥はどこか楽しそうだったりするのに。今は、氷のような冷たい目をしている。
「今の内だぞ! すぐに無様に命乞いすることになる!」
ウィルヘルムは、瑪瑙の棘だらけの台詞に、怒り狂っているようだ。こんな調子では、この状況の方がマシだったとしても、すぐに一番マズイ状況になりそうだ。
「お前に命乞いするくらいなら、私は死ぬけどね」
「ちょ、ちょ、瑪瑙? そーゆーこと不用意に言うなよ。俺はまだ死にたくねェぞ?」
聞き捨てならない瑪瑙の無茶な発言に、青は慌てた。
(そんなこといって、ほんとに「じゃあ死ね」とかいわれたらどーすんだよ!)
死ねば、しつこいようだけど、社長の着ぐるみショーは観なくてもいいかもしれない。
だけど、他のこともなんにもできなくなる。
楽しいことばかりじゃない。苦労は結構多いし、ツライことも多いけど、それだけじゃない。楽しいことだってあるし、幸せだと思う日だってあるから、生きていたい。
いつかきっと、瑪瑙や翡翠くらい背が高くなって(だってまだまだ成長期だ)、見下ろして、見返してやるという大いなる野望だってある。
(だからぜってェ、ここでこんなヤツに殺されるのはナシだ。それだけはぜってェ認めねェ)
そう思ったけれど。
その気持ちは揺るぎないものだと、思っていたけれど。
「では命乞いをしろ! 這いつくばって赦しを乞えば、命だけは助けてやらないこともないかもしれないぞっ」
「!」
そんなこと、言われてしまったら。
「ふざけんな、てめー! エラそうに何様のつもりだ? だれがてめーなんかに命乞いなんかするかよっ てめーの方こそ、今の内に謝った方がいいんじゃねェのか!」
青は、瑪瑙に不用意な発言は、などと言ったことなど思いっきり忘れて、見えないマイクに向かって叫んでいた。
言ってしまってから、ちょっとまずかったかな、と思う。今のこの状況、かなり不利だっていうのはわかってる。
だが、言ってしまった言葉も、つき立てた中指も、取り消すことはできない。
「貴様っ!
……いいだろう。これだけいってもわからないなら、その身をもってこの俺に盾突く愚かさを知れっ」
「あ、ちょ、ちょっと待った!」
(やべえ、やっちまった)
慌てて引きとめたが、返事はなかった。おそらくマイクを切ったのだろう。
短気なヤツ、と自分のことは棚に上げて呟いた青は、
「不用意な発言がなんだって?」
冷ややかでどこか愉しげな瑪瑙の問いかけに、
「うっ」
と言葉に詰まった。
「私は山ほど他人の恨みを買ってるけど、お前はそんな、人に恨まれるようなこと、してないんだよな?」
「あ、あれは、その……」
「言い訳? 聞こうか」
瑪瑙はつややかな壁に背を預け、腕を組み、すらりと伸びた足を交差させる。やけに余裕のその表情が癪に障るが、今はちょっと立場が悪い。青は、不貞腐れたように口を尖らせ、苦しげに言い訳を試みた。
「なんだよ、んなこと言ったって、仕方ねェだろ。そんなん、お前だって似たようなもんだったじゃねェか」
「まぁ、私はもともと、人に恨まれるような言動ばかりだからねぇ」
「なん、だよ……」
そんな言い方しなくったって、自分が失敗したことぐらいわかっている。
不用意な発言は、だとか、人に恨まれるようなことは、だとか、確かに言った。言ったのは確かだけれど、そんなに淡々と責めなくたって……と、少し弱気になった青に、瑪瑙はあっさりと言った。
「まぁいい。それより、ここは通信妨害システムが作動しているのか? アンバーの声が聞こえない。お前たちはどう? 私のが故障しているだけなら、いいんだけどね」
瑪瑙に言われて、青は初めて気がついた。この状況、それが可能なら、とっくにアンバーからなんらかの反応があっていいはず。
「え? あ、えーと」
「確認してみろ」
「わかった」
青は頷き、唇を動かさずに呟いた。人には聞こえない囁きでも、アンバーは聞き取ってくれるはずだ。
(アンバー……? 聞こえるか?)
「翡翠、お前も」
瑪瑙に呼ばれて、無事見つけたえみちと他人にはわからないコミュニケーションをとっていた翡翠が顔をあげた。
「……え?」
今までの騒ぎは、まるで届いていないようだ。大物なのか本気で天然なのか、微妙なところだ。
「アンバーを呼んでみろ」
「あ、うん……」
耳朶のピアス型送受信機は、右が送信機、左が受信機になっている。青は今、アンバーへ何度か呼びかけてみたが、返ってくるのは、ノイズ。
「ダメみたいだぜ……」
言いかけた青は、アンバーのどこか恥ずかしくなるような声ではない、別のなにかを聞いたような気がした。
「?」
ゴボゴボと、配水管が詰まったような音。
青は、アンバーへの呼びかけを諦め、膝の埃を払い落としながら立ちあがった。
なんとなく、イヤな予感がした。
「これ、なんの音だと思う?」
青は瑪瑙を振り返った。翡翠には、最初から意見を聞こうなんて思っていない。
瑪瑙は、暫く首を傾げて耳を澄ませていたかと思うと、グルリと周囲に視線を巡らせ、ふと、一点に目をとめた。
「賭けてもいい。原因は、あれだと思うよ」
瑪瑙の目線を追って、青は、壁に開いた小さな穴と、そこから溢れでる透明な液体を見た。
「えーっと……水?」
たぶんそうなんだろう。最初に見つけた例の孔から溢れだした液体は、音をたてて扇状に広がっていく。その先端がつま先に触れ、後ろへと流れだしていくのに、それほど時間はかからなかった。
「あぁ、壊れちゃってるね。教えてあげた方がいいんじゃないかな」
やたらのんきなことを、眠たげな口調で呟いたのは、翡翠。
「そうじゃねェだろ」
「でも、困るでしょう? 修理の人呼ばないと」
「それが違う。壊れてるわけじゃ、ないんだろうね」
「そうなの?」
「当たり前だろ? あんな壊れ方、不自然だっつーの。きれーな丸してんじゃねェか。壊れたとか崩れたとかじゃなくって、ありゃもともとわざとあけてあったんだろ。……って、待てよ? っつーことは?」
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