ひよこマーク  
 

そのいち
 
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「!」
(オレのばあさんに似てるってのは、取り消す)
 青はだれにともなく、口の中で呟いた。
 青の祖母は、断じて二つに折れたりしなかった。
 下半身はそのままなのに、上半身だけが一気に九十度後ろに曲がって、パカッと蓋みたいに開いたりしなかった。
 ましてや、そこから薄紫の煙を吐きだすなんて。
(ばあさんどころか、人間ですらねェ)
「なん……」
 だよこれ、と言いかけた言葉が口の中でふにゃふにゃに溶け、口を動かすことも立っていることも、目を開けていることもできなくなった青は、キツイ睡魔に負けていくように意識を失った。
 瑪瑙と翡翠が背後で倒れていく音を、かすかに聞いた気がした。


 ****************************************************** 


 気が付いた時には、冷たい金属製の床の上だった。
 合金っぽい光沢と感触の床に、体はうつ伏せ、顔だけ横向きに寝ていた。
 目の前には、足。片膝を折って仰向けになっているそれは、翡翠のもののようだ。
(くそ。やっぱ、なげーなぁ)
 じっと眺めてると、だんだん腹がたってくる。青は翡翠の足から目を背け、代わりに、両手を床について体を起こし、胡座をかいて座った。
(俺の方が、胡坐をかくにもコンパクトで便利だ!)
 なんて思って、それがまた悲しみを誘うものの、あんまり深く考えないことにした。サイボーグ手術でもすれば、新しい理想の身体は手に入るのかもしれないけれど、そこまでするのはなんか嫌だ。それに、その後で、瑪瑙になにを言われるのかなんて、考えるのも嫌だ。
(大体、俺はまだ成長期だしな。バランス的に短いわけじゃねェし、でかくなりゃ足だって同じだけ伸びるっ!)
 と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えるように周囲を見回してみた。
 頭を動かすと、ちょっとグルグルする。
 青はちょうど、二人に挟まれた場所に倒れていたらしい。二人ともまだ意識を取り戻してはいないが、死んでいたり怪我をしていたりという様子はない。青は、その内気づくだろうと、二人を起こさずに、その間に自分の置かれた状況を確かめておくことにした。
 床と同じ材質の壁が、周囲を囲っている。なめらかに湾曲する壁。円筒形をした部屋の中にいるらしい。直径は五メートルほど。銀色の壁は傷ひとつなくピカピカで、唯一、床から一メートルぐらいのところに、手のひら大の穴が空いていた。扉らしきものはない。高さは……と、上を見上げた青の顔に、ふと影が差した。
「……瑪瑙!」
 瑪瑙だった。いつの間に立ち上がったのか、瑪瑙が背後に立ち、青を見下ろしていた。気配はまるでなかった。
「黙って後ろに立つな、つってんだろ」
 ちょっとびびったことを隠そうと、青は目を怒らせた。だが、瑪瑙はまるで気にしたふうもなく、サラっと言った。
「気づかないお前が悪い」
「気配を殺すなってんだよ。暗殺者か、てめェは」
 瑪瑙は意味ありげに微笑って、それはそうと、と言った。
「これは、どういうことだろうね」
 わざと意味深長な態度をとっていることはわかっている。わかってはいるけど、やっぱりなんとなく、実はシャレになってないんじゃないかって気がして、ちょっとイヤな感じだった。だが、下手に突っ込むのもな、と、瑪瑙の過去だとか正体なんかは考えないことにした。
「わかんねェよ。オレもいま気がついたとこだし」
「まぁ、とりあえず、罠に嵌ったことだけは確かだろうね」
「罠って……だれが、なんのために」
「さあね。心当たりはいくつかあるけど」
「そりゃ、お前は山ほど他人の恨み買ってるだろうけど、オレはそんな、他人に怨まれるようなこと、してねェぞ」
 瑪瑙はチラっとなにか言いたげに青に視線を落としたが、特にそのことについてはなにも言わなかった。
「それはともかく、どうも気に入らない点があるんだけどね」
「閉じ込められたっぽいことか?」
「それは付随する一つの事実に過ぎないよ。問題は、依頼自体が嘘、あるいは罠だったってことだよ。会社が私たちをハメたとは考えたくないけど、危険度も少ないごく普通の仕事だったはずだろ」
「そのつもりだったんじゃねェのか?」
 会社が自分たちを罠に嵌めて得をするとは思えない。
 この事態が、実は時々発作的に壊れる社長とそれを楽しむ社長秘書の仕業で、ムリヤリ社長の着ぐるみショーとかにご招待されたというなら話は別だろうけど。
 と、ちょっと思ったが、それはあまりに怖い考えなので、口にすることはできなかった。
「だとすれば、よほど巧妙なやり口だったんだろうね。依頼の信憑性や安全性は厳しくチェックされていたはずだよ。そして、そこまで手間をかけて私たち全員を罠にはめようとする相手なら、自ずと限られてきそうじゃないか?」
「オレたち全員、か」
 嫌な予感に、思わず深刻な顔を見合わせた青と瑪瑙は、
「ふわぁぁぁぁ……」
 むちゃくちゃのんきなあくびに、いきなりがっくりと力が抜けた。
 振り返れば、ようやく目覚めた翡翠が、気持ちよさそうに伸びをしている。
「ったく、のんきなヤツ」
「なにが?」
 不思議そうに首を傾げた翡翠は、ようやく自分の居場所に違和感を覚えたらしい。
「あれ、ここは? 二人ともなにしてるの?」
「なにしてるって、そりゃ……」
(オレだって知るかよ)
 青がちょっと困って口ごもっていると、どこかに埋めこまれているのだろう。スピーカー越しに、社長の次か同じくらいに、今、一番聞きたくない声が響いた。
「ようやくみなさんお目覚めのようだな」
「バカ息子か……」
 瑪瑙がうんざりしたように呟く。青も、露骨に顔をしかめた。できることなら、この声を二度と聞きたくなかった。翡翠は聞こえているのかいないのか、自分のポケットを手探りして、なにかを探している。おそらく、例のピンクの生き物だろう。
 集音マイクもどこかに埋め込まれていたようだ。瑪瑙の呟きを聞き咎め、ティネルソン家のバカ息子こと、ウィルヘルム・エルンスト・A・ティネルソンの、陰険な歓びに満ちた含み笑いがスピーカーを通じて響いた。
「その無礼な態度を後悔する時が来たんだよ、ついにな」
 自信たっぷりの言い草に、もしかしたら、社長の着ぐるみショーの方がマシだったかもしれないと考えて、青は急いでその考えを否定した。
(んなこと思って、ホントに着ぐるみショーなんて見せられたらシャレになんねェよ!)
 たぶん、今の状況の方がまだしも、なはず。
 でも、だけど。
 どっちもどっち、な気もする。







 
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