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「本気でそれ、連れてく気かよ?」
青は一応、ムダだと思いつつも確かめてみずにはいられなかった。
「え? そうだよ?」
青がなにを言いたいのか、なんて、きっとなんにも考えてないのだろう。やけにまっすぐな目で頷いて、翡翠はポケットの中に、手の平大の生き物を詰めこんでいる。
えみち。とかいうシンプルな顔の生き物は、翡翠のポケットの中で、ちっこい手足をばたつかせながら、少々狭いながらも、居心地のいい姿勢を探していた。いくら伸縮素材を使っているからって、膨らんだポケットが、不自然にも程がある。
青は、わかってはいたけど、少しだけため息をついた。
今は三人とも、会社の制服に着替えていた。デザインはほぼ同じだが、翡翠と瑪瑙のそれが深いミッドナイトブルーなのに対して、青の着ているものは、思いっきりな「ひよこイエロー」だ。会社の方針で、十八歳以下の社員は、ひよこ色の制服の着用が義務づけられ、仕事も必ず、十八歳以上の社員と二人以上のチームを組むことになっていた。制服は、宇宙線などの放射線や微小隕石の衝突からの防御能力もある、宇宙服素材でできていた。ハイカラーの後ろ襟には、バブル式のヘルメットが収納されているし、酸素の供給も可能。温度、湿度、圧力の制御機能までついているなかなかの優れものだ。胸元には、接触性のIDロゴが縫いこまれ、手で触れると会社のロゴマーク、「ひよこちゃん」がうかびあがるようになっている。
その性能は確かにすごいと思うけど、やっぱりこの色だけは、ちょっとなんとかしてほしいと、青は制服を身につける度に思っていた。社内一、そのひよこイエローの制服が似合うと、社長秘書に誉められた(?)ことがあるけれど、そんなのちっとも嬉しくない。
青は、少しブルーな気分で、キャビンの緩衝シートに固定されていたクリスタルガラス製のケースに手をかけた。取っ手のついた特製のケースの中には、今回の荷物が収められている。
赤いリボンのかかった小さな箱。それを、カリストにある集荷所から、セレスに住んでいる相手先まで届けるのが、今回の仕事だった。勿論、こんな小さな箱一つだけのために、時間と燃料をかけて行くわけじゃない。集荷所で、同じくセレス宛の荷物を、貨物室に積み込んできている。ただ、日時指定の特別便ということで、他の荷物とは少々扱いが異なるだけだ。
ちなみに、セレスは、火星と木星の間にある小惑星帯の中で一番大きな小惑星で、人類が最初にコロニー化した小惑星だった。青たちも何度か仕事で来たことがあるが、かなり大きくて深いセレスは、まだ半分も知らない。今回向かう場所も、一度も行ったことのない場所だった。アンバーは、
「高級住宅区画ですよ」
と言っていた。
青は、ガラスケースを持ち、気持ちを切り替えて、瑪瑙と翡翠を促した。
「じゃ、行くか」
「そうだな」
一応、この配送チームのリーダーということになっている(青は納得していないが)瑪瑙が、リーダーらしさの片鱗も見せず、促されるままに青の後に続き、ポケットのえみちとなにやらごそごそやっていた翡翠が、相変わらずぼーっとした調子で更に続いた。
アンバーの甘い声が三人を送りだす。
「いってらっしゃい。お気をつけて」
気をつけて。
いつものセリフだった。
それを本当に思い知ることになるなんて、その時は思いもしなかった。
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セレスには、地表に取り付けられた六つの巨大な推進装置で回転することで発生する、遠心力による重力があった。
だが、ものが遠心力だがら、外側と内側とでは重力が違う。例えば、外側が標準重力の一Gならば、内側はどうしてもそれ以下になってしまうのだ。
受取人の住んでいる場所は、セレスの外側……本当に外なワケではなく、くりぬいた中で、外の方ってことだ。にあって、緑に囲まれて落ち着いた雰囲気のところだった。
一軒一軒が離れた場所にあって、敷地はかなり広い。かなりお金に余裕がないと住めないだろう。ハイファミリーだとは聞いていないが、それにしてはなり裕福なようだ。
青はほんの少し不安な気分で、呼び出しのブザーを押した。
「すいませーん」
思わずためらい、
「ひ、ひよこのマークでお馴染みの銀河ぴよぴよ運輸です。お荷物をお届けにきました~」
毎度のこととはいえ、このセリフ。
恥ずかしいというか、虚しいというか、物悲しいというか……。
やっぱり、この会社に入ったこと、一生の不覚だったかも知れないと、今更ながら思った。
贅沢にも、本物の木でできた扉の上にあるセンサーが瞬き、青たちを走査するのがわかった
青は、胸のIDがはっきり見えるように、両手に抱えた透明のケースを、少し下げた。
どうせこうやって、身分を確認されるんだから、『ひよこのマークでお馴染みの……』なんて、言わなくてもいいじゃないかと思うのだが、言わないで済まそうとすると、どこからか(相手はわかっているのだが)会社にチクリが入って、後でまた色々うるさいので仕方ない。
「はいはい、今開けますね」
と、いかにも人の良さそうな年配の女性の声がして、扉が開いた。
中からでてきたのも、見るからにやさしそうな小柄な老婦人だった。
真っ白な髪をきれいにまとめあげて、着ているものもかなり上品。深い緑のロングスカートはくるぶしまであって、ベージュの室内履きのつま先が覗いていた
青はその姿に、子供の頃に可愛がってくれた母方の祖母を思い出した。よく作ってもらったかぼちゃのパイの匂いまでが、鼻先によみがえる。そういえば少しだけ、祖母の面影があるような気がした。青は、なんだかなつかしいような気分に、かすかに胸に痛みを覚えた。
そして老婦人は、三人に向かって平等に品のいい笑顔をうかべた。
「まぁまぁご苦労様。どうぞお入りになって」
「あ、あの、いえ、ここで」
「どうぞどうぞ」
ひたすら遠慮する青を無視して、老婦人はさっさと家の中に入っていってしまった。
こんな時、瑪瑙や翡翠はほとんどなにもしてくれない。青は時々(かなり頻繁に)、この仕事、自分一人で充分なんじゃないかと思うが、ひよこ色の制服を着ている間は、独り立ちさせてもらえない決まりだ。
それはそうと、すでに老婦人の姿はない。扉は開きっぱなしだし、手にはまだ荷物もある。
仕方なく、青は老婦人を追って、家の中に入っていった。瑪瑙と翡翠は黙って後からついてくる。
そして青は、かなり精巧なホロの炎がパチパチと音をたてている暖炉のある応接間で老婦人を見つけた。
「あの、荷物なんですけど……」
「ええ、ええ、そうですねぇ」
(ボケちまってんのか?)
ひたすら愛想のいい笑顔を振りまくだけの老婦人に、青が思った時だった。
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