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そんな恐怖と怒りの記憶を捩じ伏せて、青は、笑顔で青の怒りを聞き流している瑪瑙に、斬りつけるように言った。
「くそ。そんなことより、仕事だっ」
「仕事?」
仕事の依頼について話さなければいけないことを思い出した。すぐに連絡しろと言っていた。
青は手短に、瑠璃から受けた依頼内容について話し、最後に、自分は誕生日プレゼントを届ける仕事の方がいいと思う、と付け加えた。
瑪瑙は、特に文句をつけることもなく、あっさりと同意した。
「ああ、いいんじゃないのか。それで」
わかってはいた。どんな仕事を受けるか受けないか、それを判断するのは、大抵いつも、この配送チームのリーダーということになっている瑪瑙ではなく、青だった。更に言えば、その他諸々の仕事も、殆ど青一人でやっているようなものだ。
(これで、俺より瑪瑙のが給料いいんだもんな)
理不尽だ、と思うが、それよりもっと理不尽なのは、単にぼーっと突っ立ってる翡翠までも給料を貰っている、ということだった。
(こいつが仕事らしい仕事してんのなんて、一度も見たことねェぞ、俺は)
そんなのは今に始まったことではなかったが、やっぱり納得いかない。
青は、モヤモヤしたこの気分を吐きだしてしまおうか、それとも飲みこんでおこうかと迷って、結局、飲みこんだ。とにかく早くしろと言われていることだし、ここで怒りに任せてなにか言ってみても、時間の無駄になるような気がする。だが、
(納得してるわけじゃねェからな!)
いつか絶対、機会を捉えて瑪瑙と翡翠に謝らせるとか、現状を改善させるとか、せめて文句を言うだけ言ってみるとか、してやるつもりだった。
そして青は、翡翠には意見を聞こうともせず、本社の瑠璃への通信回線を開くよう、アンバーに言った。
本社の瑠璃との回線が繋がった時、通信士席のカメラ前にいたのは、結局、青一人だった。瑪瑙と翡翠は、青に連絡を任せ、自分達のキャビンに着替えに行ったのだ。
(まぁ、一緒にいたからって、あいつらがなにをするわけでもねェんだけどな)
それでもなんだか、やっぱり不公平だと思わずにはいられなかった。
『決まったの?』
回線が繋がると同時に、開口一番、瑠璃が尋ねた。
「ああ。最初の、誕生日プレゼントを届けるって方にしとく」
『そっか、わかった。じゃあ、もう一件の方は、ちょっと危険度も高いし、紅玉辺りにお願いしよっかな』
言うともなしに言った瑠璃の言葉に、青は一瞬、やっぱりハイファミリー絡みの方にする、というセリフが喉元まで出かかったのを、ムリヤリ飲み込んだ。
紅玉は、武術大会で青が唯一敗れた相手でもあり、敢えて一人で危険な仕事ばかりを選んでこなすという姿勢に、多少憧れを抱いている相手でもあった。一方的なライバルというか、少々複雑な気持ちがある。
その紅玉が受けるくらいの仕事なら、自分も受けてみたい。
一瞬そう思って、そっちにすると言いかけたものの、ハイファミリー絡みというのが、どうも引っかかる。それに、一度受けると決めた仕事をコロコロ変えるのは、優柔不断っぽくってかっこ悪い。
そんなことを数秒の内に考え、結局、青はなにも言わなかった。瑠璃の方は、青の葛藤など、まるで気付いてない様子だった。
『じゃあ、詳しい情報は転送しとくね』
「わかった、すぐ確認する」
『うん、よろしく。って、ところで、それ、私服?』
「えっ」
モニター越しに、瑠璃が青を指差している。咎めている表情ではなかったが、青はチラッと自分の服に視線を落とし、少しまずかったかな、という顔をした。内勤の瑠璃とは違って、勤務時間内は基本的に制服着用が義務付けられているのに、私服で通信にでてしまった。
「いや、だって、すぐに連絡しろって言ってただろ。ついさっきまで自由時間で、それでまだ着替えてなかったってーか」
少し慌てて言い繕う青に、瑠璃は笑って手を振った。
『ごめんごめん、いいんだって。その通り、急いでって言ったのはあたしなんだし。そうじゃなくってさ、それ、似合うよ』
「ええっ」
青は思わず、素っ頓狂な声をあげ、それから、かすかに頬に朱をのぼらせた。
「そ、そうか?」
『うん。あの制服よりずっといいよ』
「制服……」
私服が似合うと言われたのは、照れ臭いが正直嬉しい。だが、その比較対象が会社の制服というのでは、素直に喜べなかった。
(あんな制服のが似合ってたら、それってちょっと、終わりだよな)
『あ、ごめん。時間ないのに、あたしってば余計なことばっかり。じゃ、データはもう送ったから。後はよろしくねー』
複雑な顔で眉をひそめる青を置き去りに、瑠璃は口早に言うだけ言って、さっさと回線を切ってしまった。
後には一人、青だけが……
「私は、制服、似合ってると思うよ」
「うわっ」
いきなり、背後からかけられた声に、青は文字通り飛びあがって驚いた。
通信士席から腰を浮かせて振り返ると、いつの間に現れたのか、深い夜の色をした制服に着替えた瑪瑙が、薄笑いを浮かべて青の背後に立っていた。
青は、あからさまに嫌ァな顔をして、通信機のスイッチを切ると、
それ以上くだらねェこと言うなよ!
という意志を込めて、瑪瑙を睨みつけた。
だが、瑪瑙は、まるで気付いていない風を装って、わざとらしい感嘆を声音に滲ませて続けた。
「あそこまであの黄色が似合うのも珍しい。お前かひよこくらいのものだね」
「ひよこと一緒にすんな」
「ああ、それはそうだね。悪かったね、ひよこ」
あらぬ方を見て謝る瑪瑙に、基本的な切り返しとわかっていても、青はつい、声を荒げていた。
「謝んのはそっちじゃねェっ」
「そうなのか? それは気付かなかった」
空々しい口調で言うと、それはそうと、と、瑪瑙はふいに話題を転じた。青に対して詫びるつもりは、まるっきりないらしい。
「本社への連絡は済んだんだろう?」
「終わったよ。つーか、俺への謝罪はナシかよ」
「謝罪? なんのために?」
「お前、さっき人をひよこと同じに扱いやがったじゃねーか」
「違うのか?」
「違うに決まってんだろっ」
「ふうん」
青の激しい抗議も、まるで堪えていないようだ。
「ふーんってなんだよ!」
「いや、別に? それより、急ぎの仕事だろう? 他に同ルートの仕事があるなら、そっちも積み込んで、さっさと出発した方がいいんじゃないか?」
「そっ! それはそうだけど、だからって……」
ひよこと同列、いやそれ以下に扱った事実に違いはないのだが、これ以上、なにをどう言ったって無駄だと悟った青は、燻る怒りを吐き捨てるように言った。
「くそ! わかったよ!」
これを敗北と認めたくはないから、時間の無駄だから諦めてやった。と、いうことにしておいた。
「なら私は、今回の特別依頼品の受け取りに行ってきてやるよ」
目を細めて微笑みながら、なんだか親切そうな申し出。
「あっ、え、じゃあ、頼む」
虚を突かれ、怒りを忘れかけた青だったが、
「ありがとう、お願いしますは?」
首を傾げて促され、再び声を荒げた。
「お前だってチームなんだから、そんくらいの仕事すんの、当たり前だろっ」
そもそも、普段がなにもやらなすぎるのが問題なのだ。
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