瑠璃は、いきなり怒ってはいたが、あまり迫力はなかった。
仕方ないなぁ、と呟いて、瑠璃が気を取り直したように語りだした。
『あのねぇ、急ぎの仕事が二件あるの。どっちでもいいから、好きな方選んで。ただし、返事は速攻ね。あなたたちが受けなかった方を他のチームに頼まなきゃいけないから。一件は、まぁ単純な仕事ね。遠くに住んでいるお孫さんが、おばあさんに誕生日の贈り物を届けてほしいんだって。エライよねぇ。誕生日だもん、期日指定だよ。距離的に考えて、返答は五時間以内にして。報酬は、まぁ危険度も低いし、それなりね。ちょっと安い方かも。もう一つは、ちょっと危険なお仕事。その代わり、報酬はかなりいいよ。ディンゲル家、知ってるでしょ? いわゆるハイファミリーね。ディンゲル家の別荘にとある人物を送り届けてほしいんだ。ちょっと、ワケあり。妨害も考えられから、武装が必要だね。決めたらすぐに連絡して。ううん、すぐに決めて連絡して。詳しい情報はその時に伝えるからね。
じゃ、以上!』
再生が終わって、青はちょっと考えこんだ。
今、受けている仕事はないし、仕事をする事自体に問題はない。だが、どっちをやるかってことになると……。
最初の件は、時間に余裕はないが、まぁ堅実な仕事。もう一つは、いわゆるハイリスクハイリターンなお仕事だ。
(うーん、ここはやっぱ、誕生日プレゼント、の方か?)
言い聞かせるように自分に問いかける。
ハイファミリー相手の仕事なら、いいコネはできるかもしれないが、それ以上に面倒だと思う。いい思い出もない。特に、青の知っているハイファミリーの一人には、本気で二度と会いたくないと思っている。
(そういや、今回の仕事は大丈夫だよな?)
ふと、心配になった。一応、そのハイファミリー絡みらしい仕事は回さないよう、会社にも言ってあるし、アンバーにもチェックしてもらってはいるけれど。
「なぁ、今回の依頼は大丈夫だよな?」
と、念のため確認してみる。
アンバーは、人間でいえば、ちょっと考えこむような間をあけて(ほんとはそんな時間など必要ないくせに。コンマ何秒で充分な処理速度を持っているくせに)、ゆっくりと噛み締めるように答えた。
『そうですね。ディンゲル家とティネルソンは縁戚関係にはありませんし、どちらかといえば、仲のよくない一族のようです。もう一件の方は、詳しい情報をいただいていませんので、ちょっとわかりかねますが、会社の方のチェックにはひっかからなかったのでしょうね』
「そっかぁ。……けどやっぱ、ハイファミリーとは関わりたくねェからなぁ」
そんな独り言のような青の呟きが虚空に消える間際、アンバーがおだやかに告げた。
『お二人が戻ってきたようですよ』
「……マジで? 早いじゃねェか」
青は少し驚いた。もっとずっと遅くなりそうな雰囲気だったのに。青が戻ってきてから、せいぜい十数分しか経ってなかった。
こんなことなら、最後まで待っていても同じだったかもしれない。瑪瑙に借りを作った、みたいな形にしてまで帰ってきて、寧ろ失敗だったかもしれない。後々、どんな形で今回のことを持ち出されるかわかったものじゃないのに。
『正確にいうと、2.1人ですが』
「あ?」
一瞬、アンバーの言葉の意味がわからなくて、青は目をしばたたかせた。アンバーは、物柔らかな声で続ける。
『もう少し正確にいうと、お二人の平均体積比0. 037の生体反応がプラスされているといいますか』
(生、体、反、応?)
青はぎゅっと眉をひそめて、背後の扉を振り返った。
ハッチを抜けて歩いてくる二人を目に浮かべ……
(まさか!)
青は、飛び上がるように立ちあがって駆けだした。
スライドドアを抜け、メインキャビンに入った時、丁度二人も反対側の扉から現れたところだった。
青はその姿を目にした途端、翡翠に指をつきつけて、叫んだ。
「てめー、なに買ってきやがった……っ!」
「……ああ、びっくりした」
と、まるで驚いてない口調で呟いて、翡翠は少し恥ずかしそうに、笑った。こういう表情が、母性本能をくすぐるとかいう評判だけれど、青には通用しなかった。しても問題あるが。
「なんでわかったの?」
やけに無邪気に尋ねる翡翠を、青は強い視線で睨みつけた。
「余分な生体反応! 生き物は管理が大変だからやめろって、いつも言ってんだろっ!」
「まぁ、隠しておけるとは、思ってなかったよな」
瑪瑙はなんだか面白がっているようだった。
「内緒にする気なんてなかったよ。ちゃんと紹介しなくちゃ」
「そーゆー問題じゃ……」
言いかけた青は、翡翠がポケットから取りだした物体に、声を失った。
「はい、こんにちは?」
「にゅう!」
ピンク色をした生き物は、「にゅう」と鳴いた。
なんて、と青は目を見開く。
(なんて、シンプルな顔なんだ!)
突っ込みどころはそこだけなのか? という感もあるが、とにかくそれが、青がえみちという名の不可思議などーぶつと出会った時の、最初の感想だった。
点、点、逆三角、だけで構成されたその顔に、青はまだなにも言えずにいる。
ピンクのたまご。ちょっと潰れたたまごの着ぐるみから顔だけだした変な生き物、がそれだった。おまけにその手足は、歩くより転がる方が絶対に速そうだ。体の十分の一ぐらいしかないし、実は歩くことすらできないんじゃないだろうか。
「これ、なに」
ようやく絞りだした声と指差した手は、かすかに震えていた。
「えみち」
「は? え、っと……それは名前か? そーゆー生き物の種類がある、とかか?」
そんなことが聞きたかったわけじゃないが、不意をつかれて全く関係のないことを聞いてしまった。
「んー……どうなのかなぁ。なんて言ってたんだっけ?」
「ただのどーぶつ。名前ならえみち」
「わかんねえ」
「店主もよくわかってなかったようだよ」
「なんだそれ。
っつーか、なんでこんなの買ってくんだよ。店の親父にもわかんねェような怪しい生き物なんて、変な病気とか伝染されたらどうすんだよ!」
泣きだしそうな声で、青は怒っている。怒ってはいるけれど、少し怯えているのも事実。
なにしろ、翡翠の「珍品」のせいで、変な幻覚を見たりとか、何週間も高い熱がでたりとか、前にも何度かあった。それもなぜか、いつも青ばかりが主な被害にあうのだ。
だが翡翠は、もうそんなことがあったことすら忘れているに違いない。記憶回路に欠陥があるのは知っている。のんびりと青に注意するくらいだから、本当にそうなのだろう。
「そんな言い方すると、怒ると思うよ」
「だれが。怒ってんのは俺だぜ」
「えみち」
「ええ?」
(こんなシンプルな顔をして、なんにも考えてなさそーなやつが?)
と、翡翠の手を見下ろした青は、ピンクの物体が、ちっちゃぁい手足をバタつかせ、針で引いたような目を吊り上げているのを目撃した。
(……ほんとだ、怒ってる?)
頭頂部に、十字路みたいな血管がうきあがっているような気さえした。
「言葉、わかるんだ?」
「うん、わかるよ」
翡翠はちょっと自慢げに頷いた。
「へえぇ。見た目より頭いいじゃねェか」
と、青が思わず感心した途端、えみちは、にぱっと笑って、ふんぞり返った。
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