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青たちの船「琥珀」は、ガニメデ宇宙港の、ドッグハンガーで青の帰りを待っていた。
「琥珀」などと、船にまで宝石名がついているのは、青の所属する配送チームくらいのものだった。ちなみに、船体名は「琥珀」で、AI名は「アンバー」で登録されている。勿論、命名は社長だ。
船に内蔵されたAIの人工音声がいい声だったから、ということらしいが、それにしたって、船にまでそんな恥ずかしい名前をつけなくたっていいだろうに、と、最初に聞いた時に、青は思った。
そして、そんな筋金入りの恥ずかしいセンスの持ち主である社長自身の容姿はといえば、これが、怖いくらいに整った美形で、外見とセンスのギャップに、青は驚きを隠せなかった。
漆黒の長く真っ直ぐな髪に紫水晶のような瞳。本名なのか自称なのか、名前は黒曜。最初に見た時は、思わず瞬きも忘れて息を飲んだほどだ。その美貌に感情をのぼせることはあまりなく、無表情すぎて、ロボットよりロボットらしいといわれる。
だが、月に一度、なぜか壊れる日(通称ブロークンデー)があって、その日は、普段の無表情無口な態度の反動か、恐ろしく表情豊かで饒舌になる。ついでに服装の趣味も行動も、ちょっとおかしくなるのだ。
早い話、変人だった。
更に、社長秘書というのがまた癖のある人物で、青は社長とセットで苦手だった。呼び名は真珠。当然、社長のネーミングだ。白髪ではない、不思議な真珠色の髪は短く、淡い水色の眼をしている。実際の年齢は何歳くらいなのか、年齢不詳の少年のような容貌は、その名前からもわかるように、かなり整っている。社長とは違って、にこやかな笑顔を絶やしたことはないが、常に笑顔というのも、同じくらいなにを考えているかわからなくて、青は苦手だ。愛想はメチャメチャいいが、なにか逆らえない空気を持っているし、その上、瑪瑙と親しい友人といってもいいような関係らしいのが、更に青の苦手意識を煽るのだった。
放射線状に広がるドッグハンガーには、色とりどりの宇宙船が停泊していたが、「琥珀」は周りの船から比べると、比較的小さい方だった。
小型のカーゴシップ。琥珀というには明るすぎる黄色の、細長いたまごのような外観。
船体にはもちろん、大きな「ひよこのマーク」が描かれて、会社のシンボル、愛称ひよこちゃんの丸くて黒い目の部分は、船窓になっていた。
船外センサーで確認したらしい。近づいた青が合図を送る前に、船尾のハッチが開いた。
そして船尾から階段と昇降機が降りてくると、青は昇降機には目もくれず、階段を駆け昇って船内に入った。
『お帰りなさい。メッセージが届いていますよ』
白と濃紺に塗り分けられた通路を歩く青に、船の制御コンピュータ、アンバーが、低めの男声で言った。
落ち着いた声、なんだけれど、妙に甘すぎて、なんだか恥ずかしくなるような声でもある。わざわざ宝石名をつけるほどいい声かどうかは、個人の趣味にもよりそうだ。
「どっから?」
歩きながら尋ねる。
『会社からです』
「仕事か?」
会社からの連絡なら、十中八九仕事のことだろうが、時折社長秘書の真珠辺りから、怪しい誘いや妙なメッセージが届くこともある。もし後者だったら、自分は聞かずに、瑪瑙にでも受けてもらおう、と思いながら尋ねると、アンバーは何故か曖昧に答えた。
『おそらく』
「おそらく?」
青は眉をひそめて聞き返した。
会社からの仕事の依頼なら、おそらくもなにもないだろうに。
『私宛ではありませんでしたから、中身まではわかりかねます』
「そんなの、誰宛のだって見れるだろ」
『他人のメッセージを見るなんて、できません。そんなのとても無作法なことでしょう?』
「……あ、そ」
青はいきなり、やる気をなくした。
アンバーは時々、ヘンなところで人間臭いフリをする。彼曰く、『人間行動のシミュレーション』らしいが、いつもそれは唐突で、青たちとしてはちょっと迷惑している。たまに、かなり迷惑。
「わかった。じゃ、今再生できるか?」
浅黄色の応接セットがあるメインキャビンを通り抜けて、ブリッジまで来た青は、投げやりに促した。
『はい。では、メインスクリーンで再生します』
青はスクリーン正面の操縦席に、横からひょいと腰をおろすと、彼の体格にはちょっと大きすぎる椅子に、すっぽり収まってスクリーンを見上げた。
暗いスクリーンに、見慣れた姿が映しだされた。
『なに、もー! 留守なの?』
「……いきなり怒ってやがる」
大きなスクリーン中央に、思わず身を引くような勢いで映しだされたのは、業務課長の瑠璃だった。その宝石の名前が示す通り、彼女も、社長の独断と偏見で勝手に名前を変えられた仲間の一人だ。胸はないが、健康的でかわいらしいと評判だった。
青より一つ年下の十五歳。くりっとした大きな黒い目に、意志の強そうな眉。つややかな黒髪を活発そうなショートボブに切り揃え、トレードマークはチャイナカラーのワンピースだった。ちなみに今回は、光沢のある鮮やかな赤い色のチャイナワンピースを着ている。
内勤のため、割と自由な格好が許されている瑠璃が、本当に自分が好きな格好をしているのを見ると、勤務時間は基本的に制服着用が義務付けられている青は、少し羨ましかった。とはいえ、別に青がチャイナワンピースを着たいというわけではない(当たり前)。
今はいい。自由時間だったということもあって、私服を着ていたから。だがこの後、仕事を本格的に始めると同時に、制服に着替えなくてはならない。
青は、会社指定の制服が、正確にはその色が、好きではなかった。
一方、スクリーンに映る瑠璃は、とにかくデスクワークが嫌いだった。体を動かすのが大好きな彼女は、デスクワークのストレスがピークに達すると、突然椅子を蹴倒し、行く手を遮るもの全てを薙ぎ倒し、疲れ果てて倒れるまで社内を駆け抜けるという、非常にはた迷惑な習性があった。それ故、別名、業務の暴れん坊将軍もしくは小型暴走列車とも呼ばれている。
これだけデスクワークが嫌いだとわかっているなら、外回りや集荷所での肉体労働に異動させればいいのにと、彼女のスタンビートを目撃したり被害にあったりした者、話に聞くだけの者でさえ思うのだが、入社以来、本社での業務部勤務は変わることはなかった。噂によれば、その暴れっぷりを、社長その人が楽しんでいるらしいとか云々。とすればこれも、一代で築きあげたワンマン経営の弊害……なのかも知れない。
あるいは、実は社長秘書の真珠の方が楽しみにしていて、社長が異動命令をだすのをひそかに妨害しているとかいないとか。
青自身は、本社には、本来は近場の各支社で受ければいい定期メンテナンスを、アンバーたっての、
『たまには、本社の最新設備でのメンテナンスを受けたいんですが』
という願いを受け入れた時とか、年に一度何故か開催される武術大会に出場する時くらいしか立ち寄ることはなく、寧ろ社長とその秘書の近くに行くことを極力避けているので、実質的な被害を受けることもなく、噂が本当だとしたら、
(あいつも災難だよなぁ)
と、暢気に同情するくらいだ。
ちなみに、件の武術大会では、青も瑠璃も、青が準優勝、瑠璃が四位と上位入賞を果たしていた。前大会で青に敗れた瑠璃は、次回のリベンジを固く誓っているとか。青の方は、瑠璃ではなく、やはり自分が敗れた、優勝者の、紅玉という名前をつけられた男性社員を倒すことを目標にしている。
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