ひよこマーク  
 

そのいち
 
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 確かに、この店に付き合うことになったそもそもの原因は、3Dチェス勝負で自分が負けたことにある。頭を使うゲームは得意じゃないけど、ハンデだってあったし、勝てば自分の買い物に仕事の合間の時間を使っていいってことだったから、勝負を受けた。勝負を受けて、その勝負に負けたのは事実。確かに事実なんだけれど、
(モノには限度ってもんがあんだよっ!)
 と、思う。
 とはいえ、翡翠を一人置いて帰ったりするのは、怖くてそれもできなかった。もし翡翠を一人にしたら、本当になにを買ってくるかわかったものじゃない。
 変なものコレクターと呼ばれる翡翠が、いわゆる珍品にムダ金を使うのを見るのも、厄介事に巻き込まれるのも、青はコリゴリだった。お金は翡翠のものなのだから、どう使おうと勝手と言われればそれまでだが、買ってきた妙なもののせいで厄介なことになるのは、なぜか決まって自分だということになれば、黙って見過ごすわけにもいかない。
 だからこそ、本当ならそれぞれが好き勝手に自由時間を使ったらいいものを、こうして一人に付き合わざるを得ないのだ。
 瑪瑙の場合は、特に勝負に負けたわけではなく、単純に面白そうだから、という理由で付き合っているようだったが。
(ったく、オレよか七コも年上のくせして、なんでこう、頼りねェんだろうな)
 と、青が思うのはこんな時だ。
 いや、こんな時だけじゃないけれど。実は割と、しょっちゅうだったりするのだけれど。
「はぁ……」
 思わずもれた青のため息に、瑪瑙がふと顔を向ける。
「そんなに退屈なら、先に帰ってたらどうだ?」
 声も低めのハスキーボイスで、ますます中性的な雰囲気だ。
「ったって、翡翠を野放しになんかできねぇだろ? 余計なモノ、船内に持ち込まれたかねェし」
「ふうん」
 瑪瑙はちょっと肩をすくめると、色んなモノが積み重なって、天井からぶらさがって、崩れ落ちそうになっている商品を、見ようともしないですり抜け、翡翠の隣のカウンターに片肘をかけて、翡翠が説明を受けている怪しげなものを覗きこんだ。
(ほんとに人間か、あいつは)
 翡翠なんか、あの場所に辿り着くまでに、少なくとも六回以上、なにかにぶつかったり躓いたりしてたっていうのに。青も、入った途端、足もとの金属製の鳥かごもどきに躓いて転びそうになった。なのに、瑪瑙はどうして、あんなに普通に歩けるんだろうか。
(超音波でも、だしてんじゃねェのか?)
「私が見てるよ」
「え?」
 唐突な瑪瑙の言葉に、青は目をしばたたかせて聞き返した。
「私が見てるから、お前は帰ればいい」
 瑪瑙はカウンターから青の方に目を向けて、なんてことのないように言った。
「マジで?」
「私は、こういう空間、嫌いじゃないしな」
「いいのか? ホントに?」
 信じられなくて、何度も念を押す青に、瑪瑙はあっさり頷いた。
「構わないよ」
「……なんか、打算とか思惑とかあるんじゃねェだろうな?」
 露骨な疑いの眼差しに、瑪瑙はちょっと笑った。
「ひどいな。あるわけないだろう?」 「いや、だって、鬼畜マスターの称号を持つお前が、なんの思惑もなしに、そんな親切っぽいこと言うなんて、信じられねェっていうか」
「誰がいつ、そんな妙な称号受けた」
 眉をひそめる瑪瑙に、青は当たり前のように答えた。
「え、初めて会った時にオレがつけたんだけど」
「……いいからさっさと帰れ」
 ヒラヒラと片手で追い払う仕草。ちょっと失礼な態度だとは思うが、これ以上バカみたいに突っ立って待っているよりはマシ。 青は、瑪瑙の気が変わらない内に帰ろうと決めた。
「じゃ、帰る。ちゃんと見張っといてくれよな」
「わかってるよ」
 それから青は、青と瑪瑙のやりとりなんかまるで聞こえてないらしい翡翠の肩を、かるく小突いた。
「……あ、せー?」
 翡翠は、青のことを「せー」と呼ぶ。ただでさえ、舌足らずの眠たげな口調でそう呼ばれると、時々本気で気が遠くなる。今もなんとか気力を振り絞り、青はわざと強い口調で言った。
「俺は、先に帰ってるからな。瑪瑙が残るから」
「あー……そうなんだ、うん」
「変なモノ、買いこんでくんなよ」
「うん」
「って、わかってんのかなぁ」
 かなり不安。翡翠は既に青に背を向けて、フェレット似の店主に、
「それで、これはなに?」
 なんて聞いていた。
(この調子で、店中のモノ見てくつもりじゃねェだろうなぁ)
 と、ものすごーく不安だった。
(けど、一応瑪瑙もついてるし、大丈夫、だよなぁ?)
 青は、店主の商品説明に熱中してる翡翠と、その隣りで、微笑む寸前の表情で翡翠を見守る瑪瑙を窺い見た。青の視線に気がついた瑪瑙は、目を細めて笑い、安心させるように頷いた。
「……」
 怪しい。
 その笑顔が、むちゃくちゃ怪しすぎると思った。だが、
「なんだ、帰らないのか? 帰る気がないなら、私が帰るよ」
 とか言われたら。
 青は慌てて、二人に別れを告げた。
「帰るって! じゃあな、あんまし遅くなんなよ。次の仕事、入ってるかもしれねェんだから」
「わかってるよ。それより気をつけて帰りな。この辺り、結構物騒だから」
「子供じゃねェんだから、大丈夫だって」
 それを聞くと、瑪瑙はニヤリと笑って言った。
「そうか。子供なのは身長だけだったね」
「うるせえ! いいからちゃんと見張ってろ!」
 人の一番気にしてることを、と、瑪瑙を睨みつけるが、あんまり効果はない。
「大丈夫だよ」
 ただ目を細めて、猫のように笑う。
 青は、「くそ」と口の中で呟いて、首の後ろを掻きつつ店をでて行った。
 怒鳴ったって叫んだって、きっとあの笑顔は変わらないんだ。それに、今更。
 今更そのくらいのことじゃ、本気で怒れない。
 でも、馴らされてるって考えるのは、ちょっと嫌だ。







 
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