太陽系第五惑星、木星を廻る衛星ガニメデの地表には、大小合わせて数十ヶ所のドーム都市がある。
その中で三番目に大きなドーム都市は、サフラン・ドームと呼ばれ、大きな宇宙港が隣接しているため、人の行き来も激しかった。また、数あるドーム都市の中でも比較的最初の頃に建設されたせいか、最近になって出来た、整然としてどこも清潔なドーム都市とは違い、多種多様な建物が立ち並び、繁雑で猥雑な印象がある。
中でも、中心から外れた都市の外縁部には、通称ガジェットモールと呼ばれる、ちょっといかがわしい店舗が寄り集まってできた怪しげな区画があった。
いかがわしいもの、胡散臭いものが欲しいならガジェットモールに行け、と言われているだけあって、モール内にある薄暗いその店の中は、確かにめちゃくちゃ怪しかった。
どこから洩れてくるのかもわからない、オレンジの明かりに照らされた店内は、ごちゃごちゃとワケのわからないものばかりが山のように積まれ、しかも、一目でその用途がわかるものなんて殆どない。なにかの道具も、ちょっとした機械類も、名も知らない植物も、見たこともない生き物も。
なにもかもが、どう見ても適当に並んでいる。並べてあるのかどうかも怪しい。
「なぁ、いい加減にしろよ」
うんざり、ため息まじりに言ったのは、青玉(セイギョク)と、呼ばれることになっている少年。
無駄にファスナーだのベルクロだのがついた黒のジャケットに、やっぱり意味なくファスナーだらけの黒のカーゴパンツ。赤いドクロがど真ん中に描かれた黒いTシャツを着て、赤いラインの入った厚底の黒いブーツを履いている。栗色の髪を、幾つかの束にして、ツンツンとあちこちに突き立てていても、自称百六十センチ(髪の毛含む)の身長では、カウンターに肘をかけて身を乗りだし、なんだかよくわからないあれやこれやの説明を求め続けている、百八十センチ以上ある青年の肩にも、その身長は届かない。
周囲からは、「ちっちゃくてかわいい」と評判だが、その評判を本人が知ったら、怒り狂うだろう。身長がコンプレックスの十六歳。かっこいいよりかわいいに比重を置かれてしまうところも、本人は不満だったが、
(まだまだ成長期だ!)
を、心の支えに、希望だけは失っていなかった。
そんな青は、ひよこのマークでお馴染み、かどうかはわからないが、『銀河ぴよぴよ運輸』という、力の抜けそうな名前の会社で働いている。そこは、主に太陽系の惑星間運送をしている会社で、 運ぶものはフィルム一枚から大型動物まで色々だった。人間一人ってこともある。だから、運送会社というより、何でも屋の運び屋みたいな感じかもしれない。
最初のきっかけは、勘違いだった。
隣のエアバイクメーカーの面接に行こうとして、建物を間違えたのだ。気付いた時には、今更帰りますとも言いにくいし、宇宙運送業ってのも面白そうではあったし、まぁそうそう受かるもんでもないし、と、カルい気持ちで面接を受けて、そこでいきなり、社長に、
「青玉だな」
と、名づけられた。
今思えば、その時点でキッパリと「やっぱ、やめます」と言えばよかったのに。
後悔は何度もしたが、宇宙船のレンタル料やら修理費やらで、気がついたら辞めるに辞められない状況。騙されたのかもしれないと、気づいたときには遅かった。
そんな青(あまりに恥ずかしい名前だから、せめて「セイ」と呼んでもらいたいらしい)と同じ理由でその会社にいるのか、改めて聞いたことはないけれど、青にいい加減にしろと言われた相手も、社長自らに命名された一人だ。
翡翠、という。
名前の由来は、たぶんその瞳の色。青曰く、
ビジュアル系天然。
確かに、パッと見、大抵の人が「かっこいい」と評する。背は高いし、スタイルはいいし、ちょっといないくらい整った顔立ちだし。甘めの王子様顔とでもいうのだろうか。フリルだのリボンだのがくっついた、王侯貴族風の衣装を着せたら、やたらと似合いそうだ。
今はごくシンプルな白いシャツにダークグレイの細身のパンツ姿だが、翡翠が身につけると、妙に高級そうな印象がある。ゆるやかに波打つハニーブロンドの髪は少し長めだが、それがまたその貴族風の容貌によく似合っていた。
そんな彼の通称は、
「ぴよぴよ運輸の王子様」
という、見た目そのまんまだった。
だが、その性格と言動の方はちょっと、
「?」
を浮かべることが多々ある。
まったりとしてクリィーミィな口調と言動。いたってマイペースな性格。周囲からは少し浮世離れしていると言われているが、青からすれば、
(浮世っつーか、諸々離れすぎて幽体離脱でもしてんのか? って感じだけどな)
常に心ここにあらずで、なにを考えているかわからないというか、なにも考えてないんじゃないかと思う。
その、俗世間のことには関心がないとも取れる態度がまた、いいとこの坊ちゃん、しかも三男とか四男、みたいな印象を与えることは確かだけれど。本当にそうなのか確かめたことはないし、噂だけなら色々聞くが、青はあまり噂話に興味がなかった。
青に呼ばれて、数秒の間をあけて振り返った翡翠は、
「あ~うん、もうちょっと……」
曖昧に応えて、またすぐに、カウンターの向こうの、帽子をかぶったフェレットみたいな小柄な店主に向き直ってしまった。店主のその身長に、実はちょっと親近感を覚えていた青だったが、なんとなくずる賢そうな印象もあって、全体的には「胡散臭い」と感じていた。
(もうちょっとつって、一体何時間待たせる気だ、てめーはっ!)
そんな気分も相まって、青は拳を固めたが、翡翠はまるで気づいていない。こんな調子で、既に二時間ちかく経過している。
そして、青から一メートルぐらい離れた場所で、店内を見るともなしに眺めている人物もまた、同じ仲間だった。
仲間というのは、仕事の上でもあり、社長の趣味で名前をつけられた仲間、でもある。
名前は、瑪瑙。
二十一歳の女だが、ちょっと中性的な顔立ちをしていた。鋭い目許は刃のようで、酷薄そうな薄い唇は深紅の口紅がよく似合う。社内では、「クールビューティ」として知られているが、青に言わせれば、クールなんて生易しいものじゃない。ツンドラの氷の大地よりも冷たかった。氷の大地が聞いたら、気を悪くするくらいだ。
身長は一七三センチ。手足が細くて長い。少し痩せすぎにも見える。黒のレザーパンツスーツを着て、短い髪も目の色も黒。肌の色も、どちらかといえば黒い、褐色。両耳のピアス型送受信機と唇だけが、その名前みたいな赤い色をしている。
それだけなのに、第一印象は確かに「赤」だった。それも、ルビーやガーネットのような透明な赤ではなく、不透明な赤。
青は、瑪瑙のその不透明さと、模様、「横縞」模様がイメージに違いないと密かに思っているが、今のところ口にだして言ったことはない。腕っぷしになら自信はあるけど、瑪瑙の精神攻撃は、正直言って苦手だった。
なにも言わないが、瑪瑙は少なくとも、退屈しているようには見えなかった。だが、いくら翡翠が楽しそうだからって、瑪瑙もそれなりに楽しんでいるみたいだからって、青はもう、ほんとにもう、
うんざり、だった。
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