この、魂の器  

 
 
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「アンドロイド……?」
 と、ファイが首を傾げる。
「お前は、ロボットじゃないんだよ。よくわかんねェけど、たぶん」
「魂を持つロボットは、アンドロイド?」
「ってゆーか……お前はたまたま、魂が機械の中にあって、俺は人間ってゆー有機体の中にあるって、ただそれだけなのかもしれない。生化学的なことも、精神学的なことも、ロボット工学的なことも、俺はよくわかんねェけど、そんな気がする」
 難しげな顔で言う柚己に、ファイは、夜にとけていくように笑った。
「ぼくはやっぱり、ツェータと来てよかったよ」
 治まりかけていた熱と疼きが蘇り、柚己は言葉を失った。
(どうしよう。俺、やばいかも……)
 鼓動の音がやけに耳につく。サイボーグ化してれば、こんなこともないのだろうか。
「朝までじゃなく、ずっと一緒にいられたらもっとよかった」
 と、ファイの言葉で、柚己は我に返った。
「!」
 いや、更に熱さを増しただけかもしれない。

 朝までだと言った。
 そして、あの場所に戻れば、ファイはまた他のAIとリンクして、融合して、ぼくらになる。
 ぼくらになってしまったら、今ここにいるファイは薄れ、やがて、全体の中にとけてしまうのだろう。

(……嫌だ……嫌だ!)

 眩暈。
 心臓の鼓動と、身体の奥の疼きと、頭の芯の痺れと、そして熱。
 そのすべてが渦巻き、螺旋を描き、強い眩暈に襲われる。
 柚己は、怖いほどに真剣な瞳でファイを見据えた。
「ファイ」
「なに?」
「逃げよう」
「え?」
 と、問い返されて、柚己は途端に我に返り、慌てて首を振った。
「あ、いや、その……なんでも、ない」
「ツェータ……ありがとう」
「?」
「ぼくとずっと一緒にいたいって、少しは思ってくれたんだね。このままただ朝を迎えたら、ぼくは帰らなきゃいけない。それを、ちょっとは惜しんでくれたんでしょ? ありがとう」
「ファイ、俺は」
 なにを言えばいいのかわからない。なにが言いたいのかさえわからない。
「ツェータといると、ぼくは本当に、ニンゲンになったような気がする。ツェータが言った、アンドロイドになれたような気がする。ありがとう」
 柚己は、ドームの向こうの宇宙に今も浮かぶ、夜の地球にちらりと目線を走らせ、再びファイに向き直った。
 太陽が沈む瞬間の、あの惑星の色。
 瑠璃色の瞳が、魂の奥まで貫くように見つめている。
「ファイ、やっぱり逃げよう。それは嫌か?」
 ファイは、一瞬嬉しそうな、でも苦しそうな表情をうかべた。
「ツェータと、行きたい。でも、ぼくの身体の中には発信機が埋めこまれてるし、どこへ逃げてもきっとすぐ見つかってしまうよ」
「発信機?」
「ぼくは、あの場所から出ちゃいけないみたい。融合の種子だって、あのヒトは言ってた。 ぼくはそのために造られたんだって」
「そのために造られたからって、そのためだけに生きなきゃいけないワケじゃないだろ」
「わからない。でも、ぼくは、だから、駄目なんだ。ごめんね」
「謝るなよ。お前のせいじゃない。俺が、もっと頭がよかったらな。発信機だろうがなんだろうが、なんとかしてやれたかもしれないのに。学習プログラムを、もっと真面目に受けとけばよかったよ。教授にも……って、そうだ!」
 と、柚己は急に声を張り上げた。
「え、なに」
 びっくりして目をしばたたかせているファイに、柚己は琥珀色の瞳を輝かせて言った。
「教授なら、なんとかしてくれるかもしれない。ファイ、本気で俺と一緒にいたいと思うか? 二度と、その、ぼくら、になれないとしても」
「……うん、ツェータ。ツェータがいれば、それでいい」
「なら、行こう。朝までにはまだ少し時間がある。急げば、間に合うかもしれない」
「どこに行くの?」
「俺の知り合いに、なんとかできそうなヤツがいるんだ。無理かもしれないけど、やるだけはやってみた方がいいだろ」
 そう言ってファイの手をとり、柚己は、低重力下をホッピングするような勢いで、エレベーターの乗降口に向かって駆けだした。




   
         
 
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