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明日の朝までだと言うから。
管理された昼と夜。衛星コロニーの人工的な夜明けは、常に正確だった。
昼と夜は丁度十二時間ずつ。時間は正確に限られている。
柚己は、結局ホワンを待たずに、ファイと真っ直ぐに展望ドームに向かった。
部屋を出た途端に恥ずかしくなって、すでに手は離していた。ファイは少し、残念というか哀しそうだったけれど、文句は言わなかった。
展望ドームへ続くチューブエレベータに乗るまで、なにを言えばいいのかわからず、ずっと黙りこくっていた柚己は、上矢印のボタンを押して、かすかな加重感を覚えながら、ようやく口を開いた。
「あのさ、最初に会った時……」
「え?」
「あれ、眠ってたのか? 例えば、夢を見たりとかすんのか? ロボット、でも……」
ロボット、という一言が、どうしてこんなに重苦しく感じるのだろう。
ファイはわずかに首を傾げ、どこか淋しそうに微笑んだ。
「眠るよ。眠って、それまでに取り入れた情報を整理して処理するんだ。その時に、ランダムに流れる映像や音声は、夢、という概念に似てると思う。ぼくは……ロボット、みたいだけど……ううん、ロボットなんだね。ハッキリと認識してたワケじゃないけど、ぼくはロボットだよ。だけど、夢を見るよ」
「そっか」
と呟いた時、エレベータは展望ドームに辿り着いた。
開く扉を抜けて、ほの明りのドーム内に入る。
ドームが開くまでにはまだ時間があるから、そこには誰もいなかった。
ファイが先に、その後から柚己がドームに足を踏み入れた。
明るい浅葱色のソファは、あの時のままだ。
一瞬、そこに眠るファイの姿の幻を見て、柚己は目をしばたたかせた。
「いつ、開くの?」
「え。ああ、そうだな」
と、光量に反応して淡く光る腕時計に目をやって、
「あと十分くらい、だな」
答えて、柚己はファイに視線を戻した。ファイは夢見るように微笑んだ。
「そう。楽しみだな」
わずかに動揺して、それを悟られないように、柚己はカルい口調で言った。
「ん、まぁ、座れよ。ここまで来んのに、ちょっと疲れただろ?」
「ううん。ツェータが座りなよ。ぼくは機械だから、立ってても座ってても同じだもの。疲れたり、しないし」
「あ、そうか。つい、忘れちまうな。けど、やっぱりお前が座れよ。俺は、肘掛けにでも腰かけるよ。なんか、その方が落ち着くんだ」
「じゃあ、そうする」
素直に頷いて、ファイはゆったりしたシングルソファに腰をおろした。
柚己も、自分の言葉どおり、ファイの座るソファの、手前の肘掛けにかるく腰をかけた。そしてちょっと息をつき、柚己はシェードに覆われたドームの天井を見上げた。
「今度は、邪魔されないといいな」
「うん」
ファイも柚己の視線を追う。
そして、天井を見上げたまま、
「ツェータは……地球に、行ったことがあるの?」
漆黒のシェードの向こうにあるはずの惑星に想いを馳せて、訊いた。
「俺は、あの惑星で生まれたんだよ。このコロニー、昔は研究機関とか企業の支店しか入ってなくてさ、始めて一般の移住者を募集した時に、俺、移住申請したんだよ」
「どうして? 地球は嫌いなの?」
「キライってんじゃねェよ。ただ、なんつーか、新しい場所に行ってみたかったんだよ。人とか建物とかが、ぎちぎちに詰まった狭苦しい生活にうんざりしてたってのも、ちょっとはあるかな。けど、やっぱなにより、宇宙に出てみたかったんだ。宇宙飛行士とか宇宙作業員とかになるには、ちょっと頭の方が追いつきそうにないし。コロニーに移住したら、好きなだけ宇宙を眺められるかと思ってさ。ま、実際は、そうでもなかったけどな。太陽側の軌道にいる時には、絶対、外は見れねェし、そうじゃなくても、こんな限られた場所からしか宇宙を眺められないしな」
「宇宙が好き? ぼくも、宇宙が好きだよ。とても奇麗な音楽みたいだから」
「音楽?」
と、柚己はファイに視線をおとした。
ファイは、柚己を静かに見返して、静かな口調で応えた。
「宇宙は音楽に満ちているよ。数えきれないほどの音楽は、たった一つの音楽になって、宇宙そのものになるんだ」
「そう、かもしれないな」
首の後ろ掻いて、柚己は首を傾げた。
その時、
淡く光る床に埋めこまれたスピーカーから、始まりを告げる鐘の音がドーム内に響き渡った。
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