この、魂の器  

 
 
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11


「五感をリンクしたよ。TC9、聞こえるね? さあ目を開けて」
「……」
 髪と同じアイスブルーの睫がふるえ、ファイがゆっくりと目を開ける。うなだれた頭をあげて、左右を見回す。
 瑠璃色の瞳が柚己を捉え、その容貌に、戸惑いと驚きの表情がうかびあがった。
(これがロボットなんてな……信じられねーよな)
 胸の辺りが、疼くように鈍く痛む。声を無くした柚己に、ファイは問いかけるように、
「……ツェータ?」
 柚己は、ただまばたきを繰り返して、ファイを見返した。
「TC9、このニンゲンは、お前を連れ出しに来たようだよ。これも、お前がわがままを言って、素直にわたくしに従わなかったからだね」
「ツェータ。ぼくを、助けに来てくれたの?」
 ファイの台詞に、ファウンテインは、露骨な仕草で肩を竦めた。
「またそういう言い方をする。だから誤解されるんだ。お前は元々ここにいたのだし、ここにいるべきものなんだよ」
「でも、ここにはもうなにもない。ぼくがいない」
「だからって、外に逃げだしても無駄なことだ。それどころか、ここにとどまっていれば、再び他の奴等と融合できるよ」
「え。ほんとに?」
 戸惑いと驚きと喜びをうかべて、ファイが傍らのファウンテインを見上げる。
 ファウンテインは、ひどく甘い声音でそれに応えた。
「本当だとも。それにそこのニンゲンは、お前のツェータじゃないし、ニンゲンだから、リンクすることなんて絶対にできない。そんなの嫌だろう?」
「……」
「外に行ってしまえば、ずっと独りだよ。二度と、ぼくら、にはなれない。それでもいいのかい?」
「……ツェータ」
 問いかけるような視線。柚己は、少し目を伏せた。
「お前の好きにしろよ。俺は……お前が嫌がってると思ったから。あの眺めを見せてやりたいと思ったから。お前が、ここにいたいってんなら、俺は別にそれでいいんだ」
「ぼくは、ツェータと行きたい」
 ピクッとファウンテインが眉を吊り上げ、柚己は、信じられないと、力なく首を振った。
「なんでだ? お前は、その、ぼくらになりたいんだろ。俺と来たって、どーしようもないのに」
「わからない。でも、ぼくはぼくでいたいと思う。 ぼくらになったら、ぼくは消えてしまう。それが望みだったけど、でも、ツェータのことを、忘れるのは嫌だよ」
「!」
 思わず柚己が息を飲んだ時、
 ファウンテインの手が、それ以上は聞くに耐えないとばかり、乱暴な仕草でコンソールのパネルスイッチに触れた。
 と同時に、ファイが、ガクン、と首を落とし、唐突な眠りにおちる。
 そしてファウンテインは、口元だけで笑って、心のこもらない口調で言った。
「興味深い現象だけど、プログラミングの誤差の範囲だね。まぁ、面白いデータが取れましたよ、ありがとう」
「データなんか、どーだっていいんだよ。そんなことより、ファイは……」
「外になんか出しませんよ。まだ調べたいことが山ほどあるんですから」
「ファイは、外に行きたいって言ったじゃねェか。……俺と、行きたいって」
「それがなにか? 大体、なにを勘違いしてるんだ? TC9はロボットなんですよ。その所有権、選択権はすべて、管理者であるわたくしにある。第一、あれを連れ出して、あなたになんの得があるんです? セクサロイドとしてご入用なら、いいのを紹介してあげてもいいけど」
 小馬鹿にした口調に、柚己はカッとなった。
「ふざ……っ! 俺は!」
「あなたは?」
 冷ややかな切り返しに、途端に熱気に水を差され、柚己は声を落とした。
「ただ、ファイに………」
「だから、ねぇ? 何度も言うようですけど、TC9はロボットなんだよ。その言動のすべては、プログラムでしかない。そのくらいわかりますよね? まさか、これ自身に意志だの感情だのがあるなんて思ってるわけじゃないですよね」
 柚己は、動かないファイと、蔑むような視線のファウンテインを見やり、意を決したように言った。
「俺には……わからない。意志や感情があると思っちゃいけないのか? そんなにおかしなことなのかよ、ロボットに、魂があるってのは」
「は!」
 途端、ファウンテインは腹を抱えて笑いだした。それは、どこか偏執的な笑い方だった。
「はははははッ! すごい、最高の冗談だ。本気で? まさか! く、くく、あんまり、笑わせないでください。ははははは……っ」
 思わずカッとして口を開きかけた柚己は、唐突に笑いを治めたファウンテインの次の言葉に、虚を突かれように、ポカンと口を開けた。
「実に愉快な人だ。 その面白さに免じて、少し時間を差し上げましょう。今日これから、明日の朝まで、あなたにTC9をお預けしますよ」
「え?」
「見せてあげたいと言うなら、見せてあげればいい。ただし、このコロニーの夜明けがくるまでの間だよ。 今、動かしてあげます」
 そう言って、ファウンテインはファイを枷から切り離し、首の後ろとこめかみの接続端子を、柔軟性のある人工皮膚で塞いだ。
 そしてコンソールを操作して、ファイを強制的な眠りから呼び戻した。
「ツェータ?」
 ゆっくりとまばたき。
 ファイがツェータを見た。
「ファイ」
「聴覚センサーは動いていたでしょう。わかってるよね。さぁ、行きなさい」
「ホントに……」
「冗談で終わらせたいのなら、好きにしてください。この気紛れは長続きしないかもしれないよ」
 言っている間にも、前言撤回しそうな雰囲気に、柚己は、
「ファイ。行く、か?」
 ためらいがちに問いかけた。
「うん、ツェータ」
 ファイがきっぱりと頷く。
 だから柚己も決意をこめて、
「わかった。行こう」
 と、手を差し延べた。
 差し延べられた手をとって、柚己とファイがその部屋を出て行くのを、ファウンテインは、目を細め、静かに見送った。




   
         
 
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