この、魂の器  

 
 
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「失礼。ファウンテイン部長とお会いする約束なんだけど」
 翌日の午後、約束の時間五分前に、ホワンと柚己はシュルテネ社リンディア支社の区画に現われた。
 入ってすぐの場所に受付があり、そこに座るエメラルドグリーンの髪を高く結いあげた受付嬢は一目でロボットとわかる独特の雰囲気を醸しだしていた。
「失礼ですが、お名前を承れますでしょうか」
「アルフォンソ大学の春藍・黄です」
「ホワン教授ですね。承っております。そのままチューブトンネルでEエリアまでおいでください。そちらで秘書の者がお待ちしております」
「わかりました。ありがとう」
 絵に描いたような笑顔の受付嬢に見送られて、ホワンと柚己は、チューブトンネルの移動カプセルに乗りこんだ。
 そして、秘書の者が、とあの受付嬢は言っていたのに、エリアEでカプセルの扉が開いた時、すぐそこに待ち構えていたのはフィオナ・ファウンテイン開発部長本人だった。

(ヤバい……!)
 柚己は咄嗟に目を伏せて、あまり不自然にならない程度に顔を背けた。
 まさか、ファウンテイン自身がお出迎えになるとは思っていなかった。当然、秘書あたりが取り次ぎに現われ、それから研究室か応接室に案内されるのだとばかり思っていた。だから、一度面識のある柚己は(たとえ、スーツに着替え、ちょっとばかり髪形を変えたりして、多少の変装を試みてはいても)、付き添いの助手として、ホワンがファウンテインと会っている間、おとなしく部屋の外で待っているつもりだった。そして、隙あらばこっそりと抜け出して、ファイの居場所を探りに行こうと……。
 だが、見つかってしまったらもう駄目だ。柚己は息を潜め、半ば覚悟を決めた。
 今にも、ファウンテインは柚己の正体に気付いて、柚己は叩き出されてしまうに違いない。
 だが、
「これは、ホワン教授。よくおいでくださいました。お会いできて光栄です」
「私の方こそ。お忙しいところお時間を頂きまして、恐縮です」
「いえいえ。いつか、じっくりとお話をおうかがいしたいと、かねてから念願いたしておりました。
本来ならば、わたくしの方からお伺すべきところを、教授の方からお尋ねいただくとは、誠に恐縮の至りです。 ところでそちらの方は……?」
と、社交辞令の応酬の中、柚己に目をやったファウンテインは、まるで気付いていないようだった。ほんの数分、薄暗い展望ドームで出会った男のことなんて、記憶にとどめてさえいないのかもしれない。
「ああ、これは私の助手をしております、J・ベルーシと申す者です。こちらに参ります前に、ちょっと調べ物がございまして、その手伝いをしてもらったものですから。それで、お邪魔かとは思いますが、勉強がてら、こちらの素晴らしい設備を少々見学させていただけたらと。よろしいでしょうか?」
 柚己は、ホワンの咄嗟の機転に感心した。ごく自然な口調に、動揺は読み取れない。
「ああ、それはもちろん構いませんよ。外部の方のための見学コースも幾つかありますから」
「ありがとうございます」
 にっこりと微笑み、かるく頭を下げて、ホワンは柚己に向き直った。
「そういうことだから、お言葉に甘えさせてもらって。そうね、帰りは待ってなくてもいいわよ。待ってるとしたら、さっきの正面玄関でね」
「わかりました」
 ひそかに唾を飲みこみ、柚己は意識して低めの声で応えた。
「では、案内人をつけましょう」
「恐れ入ります」
 ファウンテインは、数メートル離れた場所に佇んでいた、ガーディアンロボットらしき相手に呼びかけ、手招いた。
「CLAC(クラック)、こちらの方を案内してさしあげなさい」
「はい、かしこまりました。 お客様、どうぞ、こちらです」
 と頭を下げ、CLACシリーズのガーディアンロボットが、柚己を促すのを見届けて、ファウンテインはホワンを応接室へと招いた。
「では、ホワン教授はこちらへ」
「ありがとうございます。それじゃ、ベルーシ、しっかり勉強させてもらうのよ」
 応接室に消える間際、ホワンはそう言い残し、ちょっと意味深に片目をつぶる。 柚己は、思わず笑い返しそうになるのを堪えて、神妙な顔で頷いてみせた。
「はい、教授」
 そして、CLAC135が言った。
「お客様、見学コースは三十分から二時間ほどで、幾つかのコースが用意してございます。お時間の方は、どれ位を目途にお考えになっておられますか?」
 頑強な体格にしては、洗練されたなめらかな口調は、CLAKシリーズの特徴だった。
「あー……時間はそんな気にしなくていい。ただ、たとえば、研究開発部門も見学コースに入ってんのか?」
「申し訳ございません。現在開発中のものは、すべて社外秘になっております」
「あーそう。なら、一時間ぐらいで、この会社の概要が掴めるようなコースってある?」
「はい。そういったコースでしたら、ご用意できます」
 柚己は鷹揚に頷いて、
「じゃあ、それで。……っと、その前にトイレ。どこかな?」
 ふいに、そわそわと辺りを見回す。
 CLAK135は、チューブトンネルに向かって右手奥を示した。
「はい。あちらの角を曲りまして、非常用シャフトの手前にございます。ご案内いたしましょうか」
「いや、いいよ。ちょっとここで待っててもらえる?」
 あまり慌てないように気をつけて、CLAK135の申し出を断った柚己は、そう言った時には、殆ど歩きだしていた。
「かしこまりました。他の場所には行かれないよう、注意してください。立ち入り禁止区域もございますので」
「大丈夫。あ、ちょっと長くなるから。 生理現象ってヤツで。こーゆー時、機械化しときゃ良かったって思うよ」
「いってらっしゃいませ」
 それじゃ、とガーディアンロボットに背を向けて、柚己は少し足早に廊下を行った。




   
         
 
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