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この、魂の器  

 
 
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8


 ホワンの、指輪一つしていない白い指がキーボードの上を踊り、 ディスプレイに分野別に整理された情報目録が並ぶ。
 カーソルを動かして目録を目で追い、可能性のありそうな項目を片っ端から選択して、最後にまとめて開いた。チカチカと画面が瞬き、選択されたファイルのすべてが開き終わると、一番最後に選んだ項目を上にして、必要な情報は用意された。
「さて。とりあえず頭っからチェックしてくわね」
「ホントに、この中にあの女の情報があるのか?」
「私の記憶が正しければね。まぁちょっと待っててよ」
 と言って、ホワンがファイルの中にある関係写真だけをピックアップしてチェックする間、柚己は、机の上の写真に目を落とし、手にとってそれを眺めた。
 ドームの彼方を見上げるファイの横顔。
 ライナスはそれまで黙ってエレベータから彼等が現われたシーンの写真を眺めていたが、バサリとそれを机の上に置き、柚己に目をやった。
「なぁ、ユズキ」
「……え? あ、ああ、なんだ?」
「お前さぁ、その連れ去った相手とやらが見つかったとしてさ、そんで、どうする気?」
「どうするって?」
「だーかーらー。そいつさ、誘拐ってんじゃなくて、ただ逃げだしてきたのかもしれないだろ?」
『逃げだして……きたんだ』
 呟くように応えたファイの声が蘇る。
「そしたら、助けるもなにも、ヘタな真似したら、お前の方が誘拐犯だぜ?」
「……」
『忘れなさい。この子はここにいるべきものじゃない。だから、あなたにも会うはずがなかった。
最初からなにもなかったんですよ。あなたは誰にも会わなかった』
 たぶん、ライナスが心配するとおりなんだろう。あれはもちろん、誘拐なんかじゃなかった。
 逃げだしてきたと、ファイは言った。
 ここにいるべきじゃないと、帰ろう、と、あの女は言った。
 だったら、このままなにもなかったみたいに、ただ忘れてしまうのが一番いいのかもしれない。
 どうすることもできないのだし、なにもしてはいけないのなら。
 だけど、
(嫌だって言ってたんだよ。嫌がってたのに……)
『ツェータ……』
 声が、頭から離れない。
「ユズキ?」
「いや、とにかく、どう見ても、合意の上じゃなかったぜ。本人の意志に反して、行動を拘束するなんてのは、違法だろ」
「相手が犯罪者とか、所有するロボットだったら話は別だけどな」
(犯罪者? ロボット? どっちも同じくらい考えられない)
「そんなワケ……」
 ない、と、言いかけた柚己を遮って、ホワンが声を上げた。
「あった! これだわ!」
 ハッとして振り返ると、ホワンが、満足げな表情で柚己を見ていた。
「見つけたわよ」
 ホワンが指差すディスプレイには、女の上半身から上の写真と、簡単なプロフィール、関連記事が表示されていた。
「なにをやってるヤツなんだ?」
「これは人工知能関係の論文を発表した時の記事だけど、本業は、シュルテネ社の開発部長をしてるわ」
「AI? ロボットの、だよな。そんなヤツが、なんで?」
「ねぇユズキ? その、連れ去られた相手って、ひょっとして、ロボットだったんじゃないの?」
「……え」
「確かめたワケじゃないんだよな、そーいや」
「確かめてはないけど……ロボットだったなんて、まさか。だって、あのドームは、ロボットだけでの立ち入りを禁止された場所の一つだぜ」
「ああ、そういえばそうね。なら、違うのかしら。でも、それならどうして、AIの専門家が現われたのかしら」
「それは、わかんねェけど」
「まぁとにかく。これで相手の正体がわかったってことね。それでどうするの? 会いに行くの? 簡単には会わせてくれないと思うけどな。その相手、彼女の被験体じゃないなら、個人的な囲い者って可能性もでてくると思わない? それでも行くつもり?」
 畳みかけるようなホワンの言葉に、柚己は弱々しく反論を試みた。
「けど、ファイは、あいつは、その女のことを知らないみたいだった」
「知らない? ふうん……なら、結局のところ、なんなのかしら」
「わからない。わかんねェけど」
「どうしても取り返したいのね」
「取り返すってゆーか、あいつの意志の反して閉じ込められてるんなら、自由にしてやりたいってゆーか……」
「惚れちゃってんだねぇ」
 妙に嬉しそうにライナスが口を挟んだ。
「だから! しつこいな、お前も」
「まぁラクツールのたわごとはともかく、どうあっても、まずは本人の意志を確認するのが先決ってことよね。どういう事情でどういう状況に置かれてるのか、調べてみないことにはね」
「そう、だよな。だから、それを確かめに」
「行くって言っても、どうやって?」
「……う。え、それは……」
 思わず言葉に詰まる柚己に、ホワンはにっこり笑って、歌うように言った。
「そうねぇ? なにを、してもらおうかしら? 食事くらいじゃ、追いつかないわよね」
「なんだよ、なんかいい考えがあんのか?」
 疑いの眼。ホワンはますます楽しそうに言った。
「映像は、人間だけのものじゃないのよ? ロボットやサイボーグの義眼にも、映像を取り込む技術は必要だしね。新しい論文のために、最先端のロボット製作会社の開発部長に会うってのは、そんなに不自然かしら?」
「!」
 途端、柚己は目を見開き、歓喜に顔を輝かせた。
「教授! ありがとう!」
「とりあえず、面会を申しこんでみるわ」
 ホワンも嬉しそうに笑って、壁際にある映話機に向かい、柚己は明らかにほっとした表情でその背中を見守った。

 そして、どうやら、面会の約束を取りつけることができたようだ。
 ホワンは、
「ありがとう、それじゃ」
 と言って回線を閉じ、柚己に向き直った。
「オーケイよ。明日の午後に会えることになったわ」
「そっか。ありがとう、教授」
「どーいたしまして。あとは、明日までに、なにを話すか決めておかなくちゃね。あなたも、今日はもう帰った方がいいわ。怪我人なんでしょ」
「え!?」
 今まで全然、そのことに触れもしなかったから、まるっきり気付いてないんだと思ってた。
「うまく隠してるつもりでも、私の目はごまかせないわよ。帰って、おとなしくしてなさい。明日はまた、ハードかもよ?」
「わかったよ。それじゃ、また明日な」
 柚己は、つくづくとホワンには適わないと思い知り、かすかに苦笑をうかべて、素直に従うことにした。
 手をあげて別れの挨拶を送るホワンを後に、柚己達は研究室を後にした。




   
         
 
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