この、魂の器  

 
 
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 一時間後、柚己はすっかり疲れきって、研究室の奥にある個室から出てきた。
「……ふう」
 と、息をついて、用途不明の金属製の模型が置かれた作業台の空いている椅子に座りこみ、背もたれに背中を預ける。
 ライナスは、同じ作業台の周りにあった椅子に座ったまま、欠伸まじりに彼を迎えた。
「っくぁあふ……やぁっと終わったか。もう、待ちくたびれちまったよ」
「……疲れた」
「なんか、お前、すげェ憔悴しきったツラしてんなぁ。そんなに疲れるモンなのか?」
「脳味噌いいだけいじくり回された気分。頭ん中に、バターでも詰められたみてェだ」
「あれ。今まで入ってたの、バターじゃなかったんか」
「お前はどーせ、オートミールでも入ってんだろ」
 おざなりに答えて、柚己はちょっと目を閉じた。
 閉じると、荒い粒子の残像がうかぶ。目を開けて幻を追いやり、得体の知れない模型をなんとはなしに眺めている内に、三メートル四方の個室のドアがスライドして、ホワンが、メモリーキャプターで柚己の記憶から取りだした数枚の写真を手に現われた。
「どうだった?」
「まぁいつものことなんだけど、必要な情報とそうでない情報を選り分けるのが面倒ね。これは、ちょっと改良の余地があるわ」
「それで!?」
 少し苛立たしげに身を乗り出す柚己を、ホワンは笑って宥めた。
「そんな焦らないで。とりあえず、役に立ちそうなのは、このくらいね」
 と言って、ホワンは持っていた写真を、作業台の上に順番に並べていった。
「まず、一番鮮明だったのがこれ。それだけ、印象に残ってたってことね」
「これは……」
 イメージは青。
 アイスブルーの髪が、少し乱れて額と頬に落ちかかる。
 夢見るような瑠璃色の瞳が、真っ直ぐに、問いかけるように見つめ返してくる。目覚めたばかりの、ファイの顔写真だった。
「おっと」
 と呟いて、ライナスは口笛を鳴らした。
「すげぇキューティじゃねェか。これが噂のおねーちゃんか?」
「違う。こいつが、その、連れてかれちまったヤツだ」
「だってお前、そいつ男だって言ってなかったか? えー! こいつ、オトコぉ?」
「確かにかなりのキューティね。ホントに男だった?」
「たぶんな。確認したわけじゃねェけど」
「カクニンなんて、どーやってするの? ユズキのえっちぃ」
「うるせえ」
「ふふふ。で、これが二枚目。拐っていった女ってのは、これね?」
 エレベータの乗降口に佇む、ベージュのパンツスーツに白衣姿の女。その背後に並ぶ、よく似た四人の屈強な男達。ドーム内があまり明るくなかったからか、その顔立ちはハッキリとわからない。
「そう。こいつだ」
「遠くて暗くてよく見えないけど、ここ、展望ドームよね。あたしも時々行くけど」
「お前もライバルだったのか」
「え?」
「なんでもない。そうだよ、展望ドームの中だ」
「展望ドーム! げえぇっ」
 ライナスは露骨に顔をしかめる。 ドームからの眺めが苦手な一人なのだろう。
 ホワンはちょっと首を傾げ、物問いたげに柚己を見たが、結局、なにも言わずに次の写真を並べた。
「それから、これが三枚目。二枚目よりはハッキリ写ってるわ。四枚目も似たようなものかな」
 ファイの首筋に手刀が振り下ろされる瞬間と、突きつけられた銃口の写真だった。
 嫌なシーン。
 だけど、確かに脳裏に灼きついていた。
「あと、これは……どうかしら。あまり意味はないのかしら?」
 遠く、はるかな高みを見上げる少年の横顔。期待と憧れに満ちたそのまなざし。
「……」
「以上よ。これだけでも、かなりのことがわかるわね」
「え、たとえば?」
「この女の人、かなりのお金持ちか、重要なポストにいるわね。ヘラクレス型の護身用ロボットを四体も引き連れてるんだもの。これ、バージョンアップされて、最近市場に出回り始めたばっかりよ。その製作や開発に携わってるんじゃなかったら、いきなり四体もなんて、難しいわね」
 そうなんだ、と呟いて、柚己は更にホワンに尋ねた。
「このロボット、どこが作ってんだ?」
「ミレニアム社よ。戦闘用のロボットを多く造ってるとこ」
「なら、そこの会社、調べてみればいいんじゃないか?」
「んー、それも一つのテだけど。でもね、この女の人、どこかで見たことあるのよね」
 と、ホワンは二枚目の写真を手に取った。
「どこで!?」
 思わず身を乗りだす柚己に、ホワンはのんびりと首を捻っている。
「そうねぇ、どこだったかしら。ちょっと待ってくれる?」
「ホワン?」
「今、調べてみるわ」
 そう言って、ホワンは作業台に据え付けられたコンピュータに向き直った。




   
         
 
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