「そんな下らないことのために寄り集まってるだと!? お前らは、馬鹿なのか!? そんなのは、まるで無意味だってことがなぜわからない。隠れて傷口を舐めあってみたところで、奴らは容赦なぞしてくれないぞ。虫ケラみたいに踏み潰されるだけだ。いや、お前らは虫ケラだ。弱虫のクソッタレだ!」
男はなんとか、言葉で相手を怒らせるか傷つけるかしたかったのだろう。
期待して拒絶されて愚弄されて、男は確かに傷ついていた。
その報復の気持ちもあっただろう。自らの傷を正面から見据えたくなくて、相手を同じように傷つけることでごまかそうとしたのかもしれない。
だが、レグスは男の罵倒を無表情に受け流し、
「言いたいことがそれだけなら、回れ右して帰れ。お前と話すことはねェよ」
冷ややかに言って、眠たげだった目を閉じ、ソファに背中を預けただけだった。
「会見は終わりだ。帰ってもらおうか」
男を取り囲んだ七人の内、一番出口に近い場所にいた熊のような大男が言った。筋骨隆々たる体格で、まさに巨漢という言葉が相応しい。ひび割れて掠れた声は生来のものなのか。頭部は見事なスキンヘッドで、濃い焦茶色の口髭をたくわえている。仲間内では、ドウベーと呼ばれていた。
男は、その声が聞こえているのかいないのか、暫くの間、わなわなと震えながらレグスを睨みつけいていた。胸の内にたぎる激情に、言葉も失ったようだ。落ち窪んだ、ギラギラと光るその目には、殺意さえ宿っているように見えた。
レグスに危害を加えるかもしれないと、そう判断したのだろうか。ドウベーは、背後から未だ立ち尽くす男に近寄り、分厚い大きな手を、痩せ細った男の肩に置いた。
「出口は、こっちだ」
軽く力を加えただけのように見えたが、レグスを睨みつけていた男は、たやすく体の向きを変えられ、わずかによろめきながら、初めて自分を動かした相手を見上げた。
動かし難い、巨大な岩の塊のようだと思った。その体格は、かなりの圧迫感がある。だが、怯えたわけじゃないと、男は自分に言い聞かせた。
天使を手にかけることもできず、ただ愚痴り合うだけの連中の一人。そんな奴を恐れてたまるものか。
「放せ」
男は、憤りを込めて、肩に乗った手を振り払った。渾身の力を込めなければならないほど重い手だったが、そんなことはどうでもいいと思った。
「なら、自分の足で出て行ってもらおうか」
男に手を振り払われたドウベーは、髭と同じ焦茶色の太い眉をわずかに動かし、玄関の扉に向けて顎をしゃくった。
その態度が更に怒りを掻きたてたのか、男は視線だけで相手を殺しかねない勢いで睨みつけると、
「言われなくても出ていく。見かけ倒しのクソッタレ共が!」
憎々しげに吐き捨て、足音も荒く、玄関へと向かった。
そのまま、一度も振り返ることなく男が立ち去ると、一瞬、奇妙な静寂が部屋に流れた。
レグスを除く全員の視線が、レグスに注がれている。なにかを待っているような眼差しだった。
と、静寂を破り、レグスが目を閉じたまま一人の名を呼んだ。
「フェクダ」
「はい、リーダー」
待ち構えていたかのように、すぐに返事があった。
応えたのは、小柄な十代後半とおぼしき少年だった。短い黒髪に鳶色の目をしている。藍色に白い飛沫が散ったようなTシャツを着て、褪せた色のジーンズを履いていた。少し上目遣いに相手を見る様は、はしっこいネズミのような印象だ。
「行け」
「はい」
どこへとは言わなくてもわかるのだろう。何故かとさえ聞かないのは、既にその意味を知っているのだろうか。
フェクダは素早く頷いて、部屋の片隅に置かれた、鈍色のポールハンガーから、モスグリーンのジャケットを取り、それに袖を通しながら、玄関から外へ出て行った。
「メグレズ、どうだ?」
次に声をかけられたのは、白髪まじりの初老の男だった。濃い茶色のジャケットに灰色のカットシャツ。辛子色のスラックスを履いている。
それまで、白灰色の壁に背中を預け、物静かなまなざしで全てを見守っていたメグレズは、問われて、両腕を組んだまま、深みのある静かな声で応えた。
「あの様子なら、やりかねんな。勢いに任せて、すぐにも一線を越えるかもしれん」
「俺達を探し当てたくらいだ。多少は冷静な頭も残ってるんじゃないか?」
そう口を挟んだのは、メラクと呼ばれる二十代前半の男だった。灰色がかった赤毛と濃い緑の目をしている。細身でスラリと背が高く、薄い顎鬚をたくわえているのに、どこかあどけない子供のような顔立ちだ。
軽い口調で言ったメラクをチラリと一瞥し、メグレズが更に言った。
「だがそれも、あんな形で期待を裏切られたからな。その足で、天使共のところに行ったとしてもおかしくはない」
「それは、マズイんじゃないか?」
メラクがわずかに眉根を寄せる。
と、ドウベーが目を閉じたままのレグスに向かって問いかけた。
「だから、フェクダを行かせたんだろう? 違うか?」
レグスは相変わらず、ゆったりと背もたれに寄りかかったまま、呟くように答えた。
「いや、違わねェよ」
「なら、やるんだな?」
目を細め、声を落として尋ねる。途端、部屋の中に張りつめた緊張の糸が走った。
その糸に気づいているのか。レグスの口調は、あくまでのんびりとしていた。
「瓦礫の二つ頭に、今までのツケを支払わせるには、いい頃合いかもしれねェなぁ」
「それなら、あの人に言ってあげてもよかったんじゃない?」
ベナトシュという名の少女が、怖ず怖ずと口にした。
青ざめた天使のような、浅葱色の目をしている。金茶の髪を背中の半ばまで伸ばし、両横の髪を銀色の飾りピンで留めている。卵人にしては鮮やかな、ローズピンクのワンピースを着ていた。
「バカだね。あたし達の名前をあのイカレ男に使わせる気? 自分さえよければ、後はどうだっていいなんて言い放つ相手に」
その復讐に手を貸すと、そう言ってやれば、あんなに怒りをかき立てることもなく、少しは心を安んじられたのではないかというベナトシュに、ミザルと呼ばれる女が、吐き捨てるように言った。オリーブグリーンの目で、ベナトシュを蔑むように睨みつけている。年の頃は三十代前半。檜皮色のゆるいクセのある髪を、耳の下ぐらいのショートボブにしていた。
最初から喧嘩腰の口調に、ベナトシュも多少は気圧されたようだったが、それでも懸命に言葉を紡いだ。
「だけど、大切な相手を失って、頭に血が上るのは仕方ないじゃない? 本意じゃないのかも。本当に他のなにもかもどうでもいいなんて……」
言いながらも、男の恐ろしいまでの目の色を思い出し、ベナトシュの語尾は力無く薄れていった。
彼女も本当は、わかっていたのだろう。男のあの言葉が、真実、心からのものだということは。
ベナトシュの表情から、その想いを読み取って、ミザルは尊大な口調で言った。
「わかるね? ああいう輩に手を貸すと、思われるわけにはいかないんだよ」
「だけど、利用はするのね」
思わず漏れた不満げな呟きを聞き咎め、ミザルが更に声を尖らせた。
「利用してなにが悪いんだよ。あいつだって、自分一人の復讐に、あたしらを利用しようとしてたじゃないか」
ベナトシュは、
「そうかもしれないけど」
と曖昧に同意し、それでも、小声で呟いた。
「だけど、やっぱり少し、可哀相」
その言葉に、ミザルは我慢がならないと声を張り上げた。
「可哀相だって!? だったら今すぐ追いかけてって、あんたが慰めてやりゃいいじゃないか。あいつと同じようなダメージを受けてる連中なんざ腐るほどいるから、ついでにそいつらも慰めてきたらどうだい!?」
今にも相手に掴みかからんとする勢いで噛みつくミザルを見兼ね、メグレズが穏やかに、幼子をたしなめる父親の口調で言った。
「もう、その辺にしといたらどうだ?」
「まったく。どうしてそう、お前らは衝突ばっかりすんのかね」
メ
ラクが呆れたように首を振ると、ミザルは反射的にメラクを睨みつけた。
メグレズについては、反論しても敵わぬと知っているかのように、黙殺した。
|