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果てのない白い卵の海を、胸に小さなぬくもりを抱いて飛んでいくのは至福。
閉ざされた永遠の牢獄も、祝福された楽園のようだ。
広大な集積場の空を飛ぶサフィリエルの腕の中には、多良太がいた。
金色の髪が、風を受けてきらめく光の粒子を散らす。
「ねぇ、サフィリエル」
囁くように多良太が言った。
「なんだ?」
「ここにあるこの卵全部、いつか孵る時がくるのかなぁ」
サフィリエルは、地を埋める白い卵の冷凍カプセルを眺めやり、その日を想像しようとしたが、それはあまりにも現実味が薄い気がした。
それでもサフィリエルは、暫し考え込んでから言った。
「いつかは、くるのかもしれないな」
「もし孵ったとしたら、この卵から生まれてくるのはサフィリエルたちと同じかな。それとも……ぼくみたいかな」
「そう……お前と同じかもしれない」
「本当にそう思う? そうかなぁ。そうだったらいいなぁ」
夢見るように呟く多良太に、サフィリエルが尋ねた。
「寂しいのか?」
自分と同じ姿をした者が、誰もいないということが。
多良太は、わずかに首を傾げ、それからかるく頭を振った。
「ううん。サフィリエルやリフェールがいるもの。寂しいっていうんじゃないんだ。でも、なんて言ったらいいのかなぁ。ぼくだけが間違ってるんじゃないってわかったら、安心っていうか。うまく、言えないけど……」
「わかるような気がするよ」
「本当? ……うん、サフィリエルならわかってくれると思う」
そう言った多良太は、サフィリエルからは見えなかったが、かすかに微笑んでいるようだった。
それから、多良太は少し黙りこみ、暫くして、またサフィリエルを呼んだ。
「ねぇ、サフィリエル」
「なんだ?」
「ぼくね、黙っていることがあるんだ」
「黙っていること?」
「うん。黙っていることがいいことかどうか、わからないけど、もしかしたら間違っているのかもしれないけど。でも、でもね、信じてるんだ。きっといつか、全部わかって、全部うまくいくって」
「そうか。それなら、私もそれを信じるよ」
躊躇いのないサフィリエルの応えに、多良太は少し恥ずかしそうに、嬉しそうに呟いた。
「ありがとう、サフィリエル」
だが、続けた言葉には、隠しきれない不安があった。
「でも、でもね、もしかして、もしかしてそれが間違ってたら、もしかして間に合わなかったら」
多良太は、首を捻って肩越しにサフィリエルを見つめた。サフィリエルは、砕けそうに澄んだ青い瞳に間近に見つめられ、その青に吸い込まれてしまいそうな気がした。
「もう一度、約束してくれないかな」
「約束? どんな?」
「サフィリエルはわかるよ。その時がきたら、サフィリエルならきっとわかるよ」
「それは、前にも一度した約束なのか?」
多良太が生まれて、まだほんの数週間足らず。その間に交わした約束が、なにかあっただろうか。サフィリエルは頭を巡らせ、記憶を手繰ったが、これといって思い当たるものを見つけられなかった。
重ねて問うサフィリエルから顔を背け、多良太はただ繰り返し呟くだけだった。
「サフィリエルならわかるよ」
と。
少し前にも、多良太はこんな風に、よくわからないことを言ってサフィリエルを困惑させていた。
ねぇサフィリエル、リフェールを許してあげてね。
もし、裏切られたと思ったとしても、許してあげてね。
なにを許すというのか、サフィリエルには未だにわからない。だが確かに、笑っているのに、時折、リフェールの瞳に痛みが閃くのを見ることがある。それはまるで、自分や多良太には言えない秘密が、棘のように刺さってリフェールを苦しめているかのようだった。
(それが、リフェールの裏切りなのだろうか)
黙っていることが、いいことなのかどうかわからないと多良太は言った。それは、サフィリエルも同じだった。
なにか隠している、その隠し事に苦しんでいることがわかっていて、それでも敢えてその隠し事を追及しないことが、いいことなのかどうかわからない。それが自分に言うべきことなら、話したいと思うことなら、いつかきっと話してくれるはず。そう自分に言い聞かせているのは、単なる詭弁。
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