卵人狩  
終章「天空の暗闇」
 
 
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 約束、しよう。
 ぼくらはきっとまた会える。また会えるから。
 ねぇ、サキ、また会おうよ。そしていっぱい話をしよう。話したかったこと、話せなかったこと、ぼくら、出会った時間があまりも短すぎたから、今度はきっと、もっといっぱい話をしようね。
『約束、ね。また会える? いっぱい話をしようね。そしてあたし、今度はきっと天使になって、多良太、多良太を乗せてあの空を飛ぶわ。あたしと多良太とルーァと三人で、どこまでだって飛んでいくわ』
 約束、しよう。
 ぼくらはきっとまた会える。 また会えるから。
 ねぇ、ルーァ、また会おうよ。そしてぼくを見つけて。きっとまたぼくを見つけて。ルーァにはきっとわかるはず。ぼくは呼んでいるから。ぼくはずっと呼んでいるから。
『約束、か? また会えるのか? それならきっと、私はお前を見つける。きっと探しだしてみせるから。その時は私とお前とサキと、どこまでも行こう。三人ならどこへでも行ける。そう、たとえば、夜を照らすあの輝きの源にだって、きっと。月まで昇り、そこでただ静かに時を過ごそう』

 また、会おうね。
 光は三筋の光の帯となり、互いに絡みあい、螺旋を描きながら、暗灰色の雲をつき抜け、天へと昇る。


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 そして天空。
 どこまでも続く雲海の上に、漆黒の都市があった。
 都市の更に高みには、霞んだ雲が薄く刷毛で佩いたようにかかり、地上では久しく見ることのない淡い青が広がっている。
 大気の層の彼方には、白光する光の円盤がギラギラと輝いていた。
 都市の幾何学的な形の建築物の全ては、金属質の黒い塊でできていた。その材質は、軽く、滑らかで、ほのかにあたたかい。そこに暮らす天使達の誰も、それがもとはなにからできているのか、いつ頃どのようにして造られたのかを知らなかった。卵から孵ったその瞬間から、黒い都市はそこにあった。最も歳を経た天使さえ、それが新しく造られる様や、その黒い塊がどこからか運びこまれるのを見たことがない。
 黒い都市に住む天使達は、その都市の色にとけこむように、皆黒かった。髪の色や瞳の色が黒いのは、地上の天使と同じ。天上の国に住まう天使と地上の天使の違いは、肌の色と全ての天使が黒以外を身につけないこと。その背に、漆黒の翼を持つこと。ただ白いのは、彼らの産まれてきた卵の殻だけで、彼らはその色を忌み嫌っていた。
 天使達は黒い都市に満ち溢れ、雲の端からポロポロとこぼれ落ちていきそうだった。
 こぼれ落ちた天使は、地上に下りて地上の天使になったが、大地もまた、黒い魂に満ちている。飽和状態の人口は、卵を孵さないことでなんとか堪えていたが、その張り詰めた糸は、いつ音をたてて弾け切れるかわからない。
 それでも、いつかこの飽和状態が解消されるかもしれないと、産まれ落ちた卵の一部は、黒い都市の外れにある集積場で、冷凍保存されている。
 だが、人口の減少に悩まされる日がこないとも限らないからというのは建前で、本当は、いつか必ず現われるといわれている、『進化の卵』の誕生を監視するために、卵を集めて管理しているのだ。管理しきれない卵は、燃やして捨てている。ただの一つも、どこかでひそかに孵されることがないよう、天使達は神経質なほどに注意していた。
 卵の集積場では、魂のない天使が、来る日も来る日も、冷凍保存しているカプセルに故障はないか、紛失した卵やヒビの入った卵はないかと、一つ一つ確認していた。
 その虚ろな天使は、生まれた時から、言葉を発することも、感情を表わすこともなかった。だが、プログラミングされた人工知能のように、一度教えたことは正確に反復したから、まだ歩くのがやっとの頃から、その集積場で卵を数え続けていた。
 文句を言うことも、疲れを訴えることもなく、毎日毎日、ただ数え続けていた。
 天上の都市を、光の柱が貫いたその日まで。

 地上で、一人の天使と一人の卵人、そして一個の卵が空から墜ち、光の柱となったその日、虚ろな天使は、初めて作業中に動きを止めた。
 金色の光の粒子が、ちょうど今確認していた卵のカプセルの上できらめき、白く霜のおりたカプセルの中に眠る卵へと吸い込まれていくのを見たのだ。
 それを不審に思う心はなく、ただその手にもったクリップボードに、見たままを書きこもうとした彼の上に、キラキラと光が舞い落ち、彼は、生まれて初めてその整った容貌に表情をうかべた。
 それは、困惑だった。



 

 

   
         
 
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